異世界ワープファンタジー小説「0の箱庭」

(C)ジュエルセイバーFREE

ぴと、ぴと。

水滴が地に落ちる。まるで地面が傷ついたみたいに、湿った土は赤くにじんだ。

灰色に濁ったあの日の記憶の中で、その赤だけがやけに鮮やかだった。

俺は浅い水溜まりにそっとスニーカーを乗せる。足下には同心円が生まれ、静かに大きくなっていった。

頭上の空が雨雲を抱えて、落とすまいと堪えているのが分かる。

――……。

誰かの低い声が聞こえた気がして、俺は立ち止まった。

顔をあげれば、そこには小さな児童公園がある。

滑り台やうんてい、荒れた砂場が、重たく沈む空気の中にたたずんでいた。

(気のせいか)

なにもない、と思って再び道路に視線を戻す。と、視界のはじにあり得ない色が過ったことに気づき、俺はハッとして振り返った。

――赤。

まず網膜に焼き付いたのは、場違いなまでに鮮やかな、血の色だった。

白黒写真に誤って赤い絵の具を落としてしまったかのように、その色はどこまでも異質だった。

ぴと、ぴと。

白い指の先から、ひっきりなしに赤い液体が零れていく。

誰もいない児童公園にひっそりとたたずむのは、ひとりの少女だった。

雪のように細い手足が、白いワンピースの裾から伸びる。柔らかな髪は春のせせらぎのように淀みなく流れ、腰にまで届いていた。乾いた風が、少女のスカートを音もなく舞わせる。それは、灰色一色の絵画がそのまま立体化したように幻想的な風景だった。

俺は透明な糸に誘われて、公園の敷地へと足を踏み入れる。少女はまるで遊具のひとつであるかのように景色の中へ溶け込んでいて、けれどやっぱり、滴る赤だけが異質だった。鮮血は少女の腹部の辺り全体にまとわりつき、スカートのひだにのって足下へ伝い落ちている。

残り五、六メートルほどのところまで近づいて、俺は目を見張った。

少女の手には、刃渡りニ十センチほどの鋭利なナイフ。自らのものであろう血に彩られて白銀の光は濁り、刀身はまだら模様になっていた。

「――あなたも」

凛と響く声が、俺の足の歩みを止めさせる。

「……っ」

少女に存在を知られてしまった。それがこの上なく恐ろしいことのように思えて、俺は体をびくりと震わせる。

「あなたも、来なさい」

少女はゆっくりと振り返り、俺の目をまっすぐに見据えて言った。

冬の湖のように静かな瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど深い色をしている。その目で見られた瞬間、俺の体から力が抜けていって、糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちてしまいそうだった。

目の前にスッと手が差し出される。手のひらに載せられたナイフの生々しい匂いに、俺は思わず口を押さえた。腹部がずきっと痛み、思わず身体を折る。がくりと力なく膝を地面についた。

「な……んだよ」

少女は無表情のまま俺を見下ろして、血塗れのナイフをただ黙って差し出してくる。

「……それ、預かっていろと?」

俺は震えそうな指先を、ゆっくりと伸ばした。二人の指がかすかにふれあい、片方の手から片方の手へと、血染めのナイフが渡る。

言葉はなくても、伝わらなくても、それで構わなかった。

銀の針のような雨粒が、地面に細かい点を穿つ。

とうとう降りだした雨が、道端に水溜まりを作り始める頃――小さな児童公園に人影はなかった。