近未来SFファンタジー小説「宇宙飛行士記念受験記」

(C)ぱくたそ

『合格』
――ええ、それはもう驚きましたとも。
「では、次の質問です。あなたはどうして宇宙飛行士になりたいと思ったんですか?」
「超一流のスリルとサスペンスを求めているからです!」
面接室の中が、しんと静まり返る。一番年配の試験官が、ごほんごほんと咳払いした。
「今回の渡航先は『死の惑星』と呼ばれる惑星Kなのですが、そこであなたは何ができると思いますか?」
「必ずや生きて帰ってきます!」
「いやまあ生きて帰ってくるのは重要だし君ならできそうだけどそういうことじゃなくてね……」
試験官は話題を探してぱらぱらと調書をめくる。その間の沈黙と、試験官の刺すような視線が痛かった。
「えっと、あなたは飛行士学校に行っているわけではないんだね。なにか特殊な技能は?」
「生まれてこの方、風邪を引いたことがありません」
「帰れ……いや、帰ってよろしい」
本音ポロリしやがった。
宇宙飛行士募集。
そんな張り紙を目にして、話のネタになればいいという軽い気持ちで応募してみた。いわゆる記念受験ってやつだ。
自分は普通の学校に通う普通の学生。おもろいもんが大好きという以外には特筆すべきことなどない。
そんな自分が――
「合格とか、何の冗談や……」
案内メールの指示に従ってたどり着いた宇宙開発局のバカでかい建物を見上げて、ため息をついた。周りには同じような年格好の人間がちらほらいる。
「あなたも候補生?」
立ち止まっていたら、一人の女の子が話しかけてきてくれた。ロングヘアーにカチューシャ。おしとやかな外見とは裏腹に、気が強そうな目をしている。
「候補生って何や? 自分は惑星Kの飛行士募集に応募して」
「だから、『第一次審査合格』の候補生でしょ?」
「……審査っていくつもあるんか……」
帰りたくなってきた。
だが女の子は迷わず建物へ入っていくので、自分もなんとなく従った。
「知らなかったの? 飛行士にそんな簡単になれるわけないじゃない」
悪気があるのかないのか、女の子は馬鹿にしたように言う。
「そりゃそうか。飛行士は無茶苦茶難関やもんな」
普通は専門の学校を出た人間がやる職業だ。今回のように一般人から飛行士が募集されるのは、前代未聞のことだった。
「そうよね。今回は事情がかなり特殊だから」
女の子の表情が少し曇る。何のことか聞こうとした時、会場についた。扉を開けると、数十人の若者がすでに席についている。間もなくスーツを着たおっさんが出てきて、説明を始めた。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今回の調査団が向かう先は、死の惑星です」
死の惑星。
AからZまである移民星のひとつ、惑星Kの別名だ。
「半年前、謎の感染症が宇宙でもトップクラスに豊かだった惑星Kを襲いました」
結果、1,500,000人以上いた人口は600人程度まで減少。惑星の機能は停止して、わずかな生き残りが宇宙船で脱出した。かくして人間のいない死の惑星がひとつできあがったというわけだ。ちなみに、女の子が一人ぼっちでいまだに取り残されているという都市伝説があったりする。
「感染症の詳細は今なお明らかになっていません。しかしその生き残りは皆、共通して特定の遺伝子配列を持っていました。そして、全員が十八歳以下でした。皆さんが選ばれた理由は、そこにあります!」
(なるほどなるほど)
少し合点がいった。面接はおまけで、その前の遺伝子検査の方がメインだったというわけだ。
「もちろん、生命の保証はありません。しかし惑星Kの謎を解くというのは、君たちにしかできない任務です。人類に貢献する尊い一歩。君たちが試験を突破してKの調査団の一員として活躍してくれるのを期待します!」
話の途中で数人が席を立ち、そそくさと会場を出ていった。
「命が惜しいやつは最初から来んなっての」
隣の奴が不機嫌そうな顔で、吐き捨てるように言う。
「感じ悪いやつやな~」
小さく耳打ちすると、女の子は苦笑した。
「多目に見てやって。真剣なだけで、悪いやつじゃないのよ」
「知り合い?」
「元クラスメート」
いきなり後頭部に衝撃が走った。何事かと振り返れば、隣の奴が低い声で言う。
「聞こえてんだよ。……姫、そいつ知り合いか?」
奴は女の子のことを姫と呼んだ。あだ名だろうか。ぴったり合っているので、自分もそう呼ぶことにする。
「入るときに会ったの」
「そうか。なあ、お前」
いちいち言動が偉そうな奴だ。
「やる気ないならとっとと帰れよな」
「は?」
「迷惑なんだよ。人けなしたり私語してるような奴が船にいると。大抵そういうのって無能だしなあ」
「オブラート! オブラート!」
姫が怒り声で繰り返すが、奴は聞く様子もなくふんぞりかえっている。実際には普通に座っているのだが、自分フィルターを通してみればふんぞりかえっているようにしか見えなかった。
「言いよったな」
「言ったけど何か?」
気に入らない。奴の背が高いところも顔も声もしれっとした態度も。
「無能やと……? そう言ったことを後悔するがいいさ。言っておくけどやる気だけは誰にも敗けへんからな」
「後悔するがいいさって悪役みたいな台詞だな。やる気だけでどうにかなる世界じゃねーんだよ」
十数分前までは帰りたいと思っていたのが嘘のように、心に熱き闘志が灯る。
ムカつく奴をぶちのめすべく、やる気満々で試験会場へ向かった。
第二次審査、体力テスト。腹筋背筋短距離垂直跳び。健康診断と遺伝子検査は第一次審査で済んでいたので、短時間で済んだ。終了後まもなく結果が知らされて、落ちた候補生は即刻帰らされた。
自分は運動神経には自信があり、余裕で突破できた。幸いなことに姫、不幸なことに奴も審査通過したようだ。ここから先はすべての審査の総合得点で合格者が決まるらしい。
第三次審査、集中力と正確性、精神力。折り紙。そして暗算。簡単な作業を、制限時間内ずっと、ひたすら、延々と続ける。眠たくなるが、負けまいという一念でほっぺたをつねりつねり作業に没頭した。
第四次審査、ディスカッション。与えられたテーマについて議論する。テーマは『重大な感染症の疑いがある惑星の難民の受け入れについて』――どう考えてもKについてだ。実際、死の惑星の生き残りを受け入れるか否かで、当時はずいぶんともめたらしい。未知のウイルスを持ち込まれるのは嫌だと、どの惑星の当局も難色を示したそうだ。
(そりゃそうやんな)
下手したら死の惑星二号だ。嫌に決まってる。
(とはいえ、生き残りの人はたまったもんじゃないね。ほとんど病原体扱いなんて)
議論は模範回答でまとまった。しかしもやもやとしたものが頭の片隅に残って離れなかった。姫と奴は違うグループで違う議題だったが、余裕のある表情を見ていれば二人ともいい出来なんだろうなとわかる。
「あ、あの人」
「え? 誰誰?」
「あっちにいる背の高めな人、『如水の天才』じゃんね?」
背後にいる候補生が、奴の噂話をしはじめる。耳に全神経を集中して盗み聞きした。
「如水っていうと、あの如水学園? 飛行士コースの中でもレベルが高いっていう」
「そう。しかも彼、飛び級してるのよね。十年にひとりの天才!」
(なぬ!?)
驚愕しながら奴を見ていたら、ふと目があった。奴――天才君と呼ぼう――天才君は、ドヤ顔で笑った。自分にはそんな風に見えた。瞬時に頭の中がかっと熱くなる。
(天才だろうがなんだろうが、絶対負けへん!)
第五次審査、グループワーク。材料が配られて、その中で工夫してロボットを作るらしい。テーブルに条件の文書が浮かび上がった。
「あなたたちが未開拓の惑星を調査している途中、機体外部に異常が発生しました。その問題を解決するためのロボットを、35分以内に作ってください、か……」
(むちゃくちゃや……)
そこまではなんとかなりそうな気がしていたが、甘かったと思い知らされた。
宇宙の知識もロボットの知識もない普通の学生にそんなことができるはずもない。救いは個人ではなく六人の班なことだが、一人一人の行動を観察して点が出される試験では、どうしようもない。
「動作部はこれとこれで、お前、頼む。指令コードの入力は姫」
「オーケー」
「それから……」
天才君はてきぱきと指示を出していく。水を得た魚のよう。その内容すらさっぱりだけど、周りの人の反応や仕事ぶりから、的確な指示をしているんだろうということがわかった。そして天才君は、自分ひとりにだけ、指示を出さなかった。
「……っ」
なにすればいいのか教えてください。そう言って頭を下げろということか。
天才君への憤怒。 ひとり外されることへの屈辱。不甲斐ない自分への苛立ち、恥ずかしさ、そして無力感――。
少し離れて見ていると、いかにうちのグループが効率的に作業しているかがわかった。ひとりひとりが自分のやるべきことを自覚して、しっかりとそれをこなしている。カチリと綺麗に噛み合った歯車のよう。その中心にいて、動力源の役割を果たしているのが、天才君だった。彼はちらりとこちらを見て、何もなかったかのようにすぐ視線を戻す。その瞬間、すとんと理解できた。
(なんだそっか、そういうことなんや)
彼が、自分に指示を出さないのは――

(それが一番効率いいからなんだ……!)

部屋を出て、お手洗いに向かう。何も言わなくても、誰にも呼び止められない。いてもいなくても、作業は変わらずに進んでいく。それが自分の価値だ。
「どうしたの? 暗い顔してるけど大丈夫?」
姫が追いかけてきてくれた――わけじゃなく、彼女も単にお手洗いに来たようだ。
「大丈夫じゃないかも。やっぱり、あいつは天才ってだけあるな」
顔をひきつらせながらもなんとか笑う。大丈夫か大丈夫じゃないかといえば、大丈夫じゃない。試験の合否より、自分の気持ちが。もともとキッチンのマットくらい低いとこにあるプライドが、煙突掃除をしたボロ雑巾のように無惨になってしまった。
「天才? ああ、あいつ『如水の天才』とか呼ばれてるんだっけ? 正直ムカつくわー」
「そうそれ。でもまあ、あいつだけでなく、飛行士目指してる奴らってすごいよな。同い年くらいなのに、やってることが違いすぎ」
「そりゃまあ、違うわ。学校でひたすら飛行士になるための訓練してんだから」
姫はあっさりと言う。
「そういや、あいつの元クラスメートって言ってたよな。難関の如水学園やっけ? 姫も実はすごいんやなー」
「そんなことない……けど……」
姫は少しの間、黙りこむ。足音がやけに大きく聞こえた。そして姫は苦笑まじりに口を開く。
「知らないの? 如水学園って名前は有名だけど、どこにあったか知らないひとが多いみたい」
「どこにあったって?」
「ある」ではなく「あった」という言い方に違和感を覚えた。
「K。如水学園は、惑星Kにあったの。私とあいつは、死の惑星の生き残りってわけ」
姫のカミングアウトに思わず絶句してしまう。
惑星Kの生き残り。特定の遺伝子配列。十八歳以下。1/10,000の生還率。それはつまり、家族も友人も、故郷さえもなくして生きているということだ。
「これはあんまり知られていないけどさ、Kに私たちの仲間がひとり残っているの」
「仲間……?」
Kに残された女の子という都市伝説は本当だったらしい。ちなみにKは技術の進んでいた先進惑星だ。都市機能は全自動だから、ひとりでも生存はもちろん可能。ただ、健康を保てるかは疑問だ。主に精神の健康。死の惑星にひとりきりなんて、病んで気が狂っても仕方ない。
「私にとっては親友。管制官志望の子でね。私たちが未熟だったから……あの子に残ってもらわなきゃKを脱出できなかった。あそこの周りの空間の磁場は歪だから緻密な指示がなければ突破できなくて……機材は船に積めなかった。助かるためには、あの子が残るしかなかった」
姫は暗い表情で、懺悔するようにぽつりぽつりと語る。
「あいつはね、あの子を助けに行きたいんだって。未熟な自分が許せないって。管制官の指示がなくても、一人であの磁場空間を抜けられるようになって、あの子に会いたいって。もちろん私も同じ気持ち。だから今回、真っ先にこの調査団募集に応募した」
姫の途方もなく重たい志望動機を聞いて、疑問符が頭に浮かぶ。
(なんでそんな超絶ヘビーな身の上話を自分に)
会ったばかりの人間に軽々しく語るような事情ではないはずだ。しかもその相手が、「話のネタになる」程度の軽い気持ちで応募してきた奴ならなおさら。
「だからね……」
姫が顔をあげる。その瞬間、周りの空気の温度がすっと下がったような気がした。
「お願いだから、私たちの足、引っ張らないでね」
姫はまっすぐに俺を見て、にっこりと笑う。目の奥の光は凍りつきそうなほど冷えていた。
「は、はい……」
その答えで満足したのか、姫の表情が和らぐ。
「よかった。じゃあ私、作業に戻るから。あ、やる気ないなら、勝手に帰っても、別に誰も怒らないと思うよ」
姫は今歩いてきた道を小走りで引き返していった。お手洗いのために会場を出たわけじゃなかったのか。自分も洗面台で顔を洗ってから会場に戻った。第五審査の終了まで、あと十分しかない。
会場では作業が続けられていた。工作と同時平行で話し合いがなされて、天才君が紙に描いた通りのロボットができあがっていく。他のグループも多少の差こそあれ、雛型はできあがったようだった。
自分はドアの近くに立って、作業風景を観察する。天才君が作業する手元に注ぐ視線は、思わず身震いするくらいに鋭かった。
悔しいけど、レベルが違う。才能とか、知識とか、カリスマ性とかもだけれど、それよりも。
(真剣なんや)
去っていくひとを貶したのも、自分に絡んできたのも、全部、真剣だったから。
(真剣に、目指すものがある……)
楽しければいい。面白ければいい。自分はそう思って生きてきた。ここにいる奴らのように真剣になることなんかなかった。
真剣に。一生懸命に。
……なれるだろうか?
拳を握りしめ、前を見据えて自分のグループのテーブルへと歩いていく。数人が気づいて顔をあげるが、すぐに作業に戻った。貴重な時間が惜しいんだろう。
姫の前に立ち、すっと息を吸い込んだ。そして、頭を勢いよく下げる。
「何か手伝えることがあるならい――って痛ぁっ!」
ガンッ。
下げた額を勢いよく頭にぶつけてしまい、いい音がした。
沈黙。そして――
「大丈夫か?」
「すごい音したね」
「あははははっ」
「何やってんのー」
会場を満たしていた緊迫した空気が、みるみるうちに緩んでいく。代わりに喋り声と笑い声があちこちに上がった。うつむいて作業していた人も、顔をあげて何事かとこちらを見ている。
「は……はは……ごめんなさい……」
会場中の視線を浴びてひきつった笑いを浮かべながら頭をかいた。触れた瞬間、殴打した額に痛みが走り、思わず手のひらで押さえる。
「馬鹿ね。痛みが引いたらでいいから、こことここの線を繋いでちょうだい」
姫からなにか複雑にコードの伸びた基盤のようなものを差し出される。
「え?」
「手伝ってくれるんでしょう?」
姫はそっけない口振りで言い、目を細めて微笑んだ。
「早くね。時間、おしてるんだから」
「うん! うん!」
何度も大きくうなずいた。なにか暖かいものが胸一杯に広がっていく。「頑張ろう」と素直に思える。
コードの接続は複雑で、でも不思議なことに、できるかどうかという不安よりも、やったことのないことをするわくわく感の方が勝った。
「ごめんな、これってどうするん?」
「ああ、えっと」
つまるたびに同じグループのひとに聞いて進めていく。みんな短い残り時間に焦っていて口調は雑だが、無視することなく教えてくれた。七分後、なんとか基盤を完成させて、姫のところへと持っていく。
「ありがと。置いといて」
姫は細かい材料とにらめっこしていて、これ以上話しかけられる空気じゃなかった。
(どうしようかな)
誰に「手伝うよ」と話しかけようか、考えながら周りを見回す。と、予想外の人間から声がかかった。
「お前、ちょっとこっち来い」
天才君だった。なにかあるんじゃないかと思わず身構える。
「動作が仕様書の通りになっているかどうかの確認を頼む」
仕様書を渡して、ここに座れと椅子を引いてくれた。
「やり方はわか……らないよな。ここにある指令通りにキーを押して、その通りに動くか見るんだ。おかしかったら赤字でペンつけて姫か俺を呼べ」
「りょ、了解」
「んじゃ、任せたぞ。これをミスったら終わりだからな、慎重にな」
「……あの、効率が悪いから自分には任せないんじゃ? 話す時間が無駄なんじゃ?」
困惑しながら尋ねると、天才君は馬鹿じゃねーのと呟いた。
「『やる気のない奴と話す時間は』無駄なんだよ」
低い声で言い残すと、天才君は隣のテーブルへと向かう。
(……悪い奴ではない、か……)
仕様書へ視線を落として、丁寧かつ急いで読み込み始めた。残り時間はわずか。時計の針が容赦なく気持ちを追いたてる。
けれど負けない。単純かもしれないが、仕事を任されたということが嬉しかった。
ぴー。ぴー。
一昔前のレトロな電子音が鳴り響く。第五審査が終了した合図だ。次に、各グループのロボットの挙動が審査される。動かなかったり、ミッションをこなせないロボットが出る中で、うちのグループのロボットは完璧に任務を遂行した。
そして、ついに第六審査。泣いても笑ってもこれが最後だ。試験官に別の会場へ誘導される。白くて広いホール。その真ん中に、宇宙船の胴体を切り取ったような巨大な金属の塊があった。
「これ宇宙船?」
「はい、実際に使われているモデルの胴体の部分です」
ホールに候補生全員が入ったところで、審査内容の説明が始まる。
「今から皆さんにこの中へ入っていただきます。用意されたスケジュールに従って課題をこなし、密閉された狭い機体内で生活してもらいます。審査は七十二時間。なお生活に必要な最低限のものは揃っていますので、ご安心ください」
(はあ? 七十二時間って、三日間も!?)
今日の審査のような緊張が、あと三日、途切れることなく続くわけだ。
「確認したいのは、各々がストレスに耐えられるか。極限の状況でどう行動するか。体力、精神力、それから見知らぬ他人とうまくやっていく協調性です」
(協調性かあ。まさに奴を落とすためにあるような試験やな!)
奴こと天才君と思いっきり目があった。多分、同じことを考えていたんだろう。
船の下の床が静かに開き、深い色の水をたたえたプールが現れる。
「皆さんが搭乗しましたら、機体はこの水槽の底へ沈めます。引き揚げはきっかり七十二時間後。それまでは何があっても引き揚げません。お帰りになられるなら、今のうちにどうぞ」
候補生はざわめくが、ここまできて帰ろうとする奴はいなかった。
機内に入ると、中は思いの外綺麗だった。中はカプセルベッドの並ぶ寝室と作業部屋、機械の入った制御室の層に別れている。
「めっちゃ狭いなあ」
「未開拓惑星の調査専用の小型機だ。身軽に動けるよう最低限の設備しか積んでいない。一世代前のクラシックな機体だな」
天才君がいちいち解説してくれた。
「っていうか、試験官は? 乗らへんかったら審査でけへんやん」
「遠隔カメラだ。俺たちは監視されているんだから、馬鹿な言動は慎めっての」
そんなこんなで第六審査が始まる。スケジュールが掲示板に映し出されて、みんながそれを確認した。
「……」
その瞬間から、みんなが言葉少なになる。沈黙する機内が、課題の厳しさを物語っているようだった。
一日目が終わり、ベッドに倒れ込む。泥の海に沈むような眠りだった。目を閉じたと思ったら次の課題の時間がきて、ゆすり起こされる。
問題が起きたのは、それからすぐのことだった。けたたましいサイレンが鳴り響いて、機内の白い壁すべてが目に痛い赤に点滅し始める。
「何……?」
天才君と姫はサイレンとほぼ同時に行動を開始していた。制御室に駆け込んだと思うと、すぐに出てきて全員に告げる。
「空気循環系統の異常だ。詳しい奴は?」
挙手した一名と天才君が制御室に入り、その他は作業室で待機した。ただ待っていてもらちがあかないので、課題を進めることにする。
「酸素を生成するパートが壊れているみたいだ」
戻ってきた天才君が全員に向かって言った。空気循環系統の一部が壊れて酸素が生成できなくなっているため、呼吸が苦しくなるかもしれないらしい。あと二日なら死ぬことはないとも付け加えた。
「了解。お疲れ様。じゃあ課題に戻りましょう」
これらすべてのやりとりが、壁が点滅する中で行われている。
「ちょっと待った。故障は放置なん?」
「広がらないように処置はした。修理に労力を割くよりも、課題を進める方が先だ」
天才君が有無を言わせぬ口調で告げる。他の奴らもそれに従って、課題を再開しはじめた。
(並の神経じゃないな)
自分も仕方なく席に戻ろうとしたとき、どさりと一人の女子が床に崩れ落ちた。
「大丈夫!?」
姫が駆け寄って、女子を支え起こす。女子は息苦しそうに顔を歪めて、喉からかすれた声を漏らした。
「お前、確か惑星Mの出身だったよな?」
天才君の問いかけに、女子はこくこくとうなずく。額からは汗がひっきりなく流れていた。
「あそこは酸素濃度が高いからな。慢性的に高山病だったんだろう」
「高山病?」
「酸素濃度が低いところに急に行くことで体調を崩すという、地球時代から存在する病気だ。現代では惑星M出身者に固有の症状として知られている」
解説乙。
「すいませーん、そういう訳なんで助けてくださーいっ!」
このままではまずいと思い、部屋の隅のカメラに向かってぶんぶん手を振った。しかし反応はない。
「言っていただろう。あと二日間、この機体が引き揚げられることはない」
天才君があくまでも冷静に言った。そういえば、機内が赤く点滅する緊急事態が続いているというのに、まったく音沙汰がない。
「課題に戻れ。試験は続いているんだ」
「病人を助けるんが先やろ。まさか見殺しにする気なん?」
あくまでも食い下がると、天才君は少し譲歩してくれた。
「……姫、さっきの奴、修理はできるか」
「やってみるけど、見た感じ、元に戻るまでには時間がかかるかも。酸素濃度を戻すには、三時間はいると思う」
「構わない。頼むよ」
立ち上がった姫と交代で女子を抱き抱えた。彼女はぐったりとして、目をつむっている。ぱしぱしと頬を叩いてみるが、目をさます様子はなかった。
「ちょっとごめん」
きょろきょろと辺りを確認して目的の物を探すと、近くにいたひとに女子を任せて立ち上がる。
「お前、何する気だ」
天才君に肩を掴まれるが、振り払って進んだ。壁に掛けてあった工具の一つを手に取り、宣言する。
「外に出る!」
「正気か?」
そこにいる誰もが、信じられないという表情を浮かべた。
「万が一のことがあるかもしれないから、外に出て試験を中断してもらわな。みんな優秀なんやし、壁を破って水面まで泳ぐくらいできるやろ。このひとは自分が連れていく」
「笑えない冗談だな。これがもし本当の宇宙だったら、俺たちは全滅だ。そいつは不合格でも仕方ないんだから放っておけばいい。足を引っ張られることはないさ。体調管理すらできない人間が、飛行士になろうだなんて笑わせるぜ」
天才君が脅すような強い口振りで言う。だが自分は怯みはしない。
「何言っとるん。仲間やろ。同じ船に乗る人間はみんな仲間やんか、なあ、これがもし本当の宇宙やったら――また仲間を見捨てるんか?」
「……っ」
天才君は一瞬、目を見開いた。その瞳に、自分の知らない女の子の影が見えた気がする。多分それは、天才君たちを助けるために死の惑星に残ったという優しい女の子。
「仲間のために惑星Kへ行きたいのに、その道中でまた仲間を見捨てるんや? 大層矛盾してんなあ」
「……お前なんかに何がわかる。俺がどんな気持ちでこの試験に挑んだか」
「なんもわからへんし、わかりたくもないわ、阿呆が」
工具を振り上げ、先端を壁に叩きつけた。制止の声も聞かず、何度も何度も壁を殴る。
「やめろ! お前ひとりだけ機外に放り出すぞ」
「やれるもんならやってみーや」
剣呑な空気の中、工具の立てる打撃音だけがやけに大きく耳をたたく。
(どうしたらいいんやろ)
自分はない頭を振り絞って考えた。この状況を全員無事に切り抜けて、自分が失格にもならない方法を。
(もし、ここが宇宙空間なら……)
「喧嘩売ってんのか、やめろっつってんだろうが」
「やめなよ」
姫が天才君の腕をつかんで釘をさした。それがなければ十中八九、早かれ遅かれ天才君は自分に殴りかかっていただろう。
試験中に暴力沙汰を起こしたらいっかんの終わりだ。だが説得だけでは自分は譲るつもりなどない。
「畜生!」
いらだちに、天才君は拳を震わせる。周りの候補生は一触即発なこの状況を固唾をのんで見守るばかりだ。一部、素知らぬ顔で課題に取り組んでる奴らがいるのには、さすがに呆れた。
「この壁を破ったら即外ちゃうよな? だって外から見るより明らかに狭いし」
「……!」
自分の指摘に、天才君は驚いた顔で姫を振り返ると、顔を見合せ頷きあう。
「そうや! その手があった!」
と、天才君が妙なイントネーションでいい、パチンと指を打った。
「あはは、惑星O訛りが伝染したな」
「不覚だ。なるほど、お前、ちょっと待てよな」
天才君は壁に耳を当て、こんこんと手の甲でノックする。
「ここだ。全員でここの壁を壊すぞ!」
呆気に取られる自分たちに、多分そこは空洞で大事な機器がないと姫が解説してくれる。どうやら天才君は幾多の機体がどういう構造になっているかを把握しているらしい。恐るべき知識の量だ。
それからすぐに自分たちは壁を破壊する作業に取りかかった。同時に数人が袋を用意して、残りが課題を進める。そのあたりの人を動かす指揮は天才君の十八番だ。
大抵の船は多層構造になっている。壁を一枚破れば外というわけではないのだ。ひとがいるスペースを取り囲むように、狭い空間があるはず。
探しだしてきた強力な工具で壁に穴を空け、そこの空気を袋に入れ、女子には当分袋をかぶっていてもらう。呼気にも一定量の酸素は含まれているのだ。思いついてみれば、それ以外にないというほどの解決法だった。
「やった……え?」
穴が空いたと思った瞬間、壁の一部が一気に崩れ落ちる。自分は体重をかけていたため、なすすべもなく壁の向こうへ転がり落ちた。深い青が視界を埋め尽くすと同時に、水しぶきが上がる。ごぼごぼと咳き込みながら、今落ちた壁の穴に必死ですがりついた。
(な、何……!)
水がある。空気がある。重力がある。
壁の外は予想していた空洞ではなかった。プールの中ですらなかった。自分たちが搭乗したときのまま、機体はプールの上に吊るされていた。
「第六審査、終了です!」
朗々とした声が響き渡る。プールの脇には試験官が並んで立っていた。
「え? 機体は七十二時間引き揚げないって……」
「ごめんなさい、嘘です。プールに沈めてすらいません」
「は?」
振り返れば、気を失っていたはずの女子が上半身を起こし、元気に笑っていた。
「私、実は試験官なんです。ごめんなさい、そういう薬を飲んで、一時的に高山病を装っていたわけです。ちなみに、空調循環系統が壊れても、別経路で空気窓がこっそりあったので、一切問題なかったわけです」
予想外の展開に、言葉も出ない。
「全部、試験の一環だったってわけだ」
「はい。そういうわけです。お察しの通り、私以外の試験官もずっと遠隔カメラで審査していたわけです」
にっこり笑って、彼女は言葉を次いだ。
「ちなみにシナリオは何通りか考えていました。でも、壁を破るルートにたどり着くとは思っていなかったです。しかもその穴の場所、本物の機体ならピンポイントで空洞ですよ。予想以上に優秀な出来ですね。驚きました」
こうして、死の惑星への調査団メンバーの飛行士を決める試験は幕を閉じた。試験の結果は明日、それぞれの家に届くらしい。
帰りに天才君から声をかけられた。悔しそうに、でもどこか嬉しそうに言う。
「やるな、お前。俺たち飛行士学校出身の人間じゃあ、機体の壁を壊すことはできなかった」
――そりゃ、そうだろう。
飛行士にとって船は仕事場。命を守る大事な壁を壊そうなんて発想は逆立ちしても出ないだろう。自分は船をただ船と見ていたからこそ、なにもわからないからこそできたことだ。
「よーし、決めた!」
「何を?」
「受かっても落ちても、自分は飛行士を目指すわ」
天才君は絶句するけれども、馬鹿とも阿呆とも、無謀だとも言わなかった。
自分はにいっと笑う。
それは、最初と一緒、でも真剣な動機。
「だって、最高におもろそうやんか!」