近未来SFファンタジー小説「死の惑星 望んだもの」

(C)ジュエルセイバーFREE

故郷の星で、突如起こった大量死。俺と仲間たちは、命からがら逃げだしてきた。しかし、仲間のひとりである女の子は、安全に脱出するため、死の惑星に残らざるをえなかった。

ある日、女の子と通信で会話していた俺は、惑星を殺した張本人から頼みごとをされる。




本編

「ありえません!」
久しぶりに会った女の子は、きっぱりと断言した。会った――といっても、実際に会っているわけではない。今、目の前にいる女の子は、機械を通して見る立体映像に過ぎないのだ。俺より頭ひとつ低い背丈も、若いというより幼い顔立ちも、何もかもが記憶の中の女の子と合致しているけれど、本物ではない。その証拠に、女の子の腰から下は、霧のように消えていた。
「先輩が来るって聞いて、私の両親はとってもとっても喜んだそうなのですよ。娘の憧れの先輩が家に来るって! しかも、娘の知り合いで……近況とか、脱出の際の経緯とか聞けるかもって」
女の子は、ノンストップで話し始めた。こういうときの女の子は止まらないから、俺は相づちに徹する。もちろん、女の子の前には、俺が立体映像で再現されているはずだ。
「そうか」
「で、ご馳走を用意して、そわそわそわそわしながら待っていたわけです!」
「うん。そうだった。美味しそうな匂いがしてた」
俺が女の子の生家を尋ねたのは、一昨日の話だ。もう女の子に話が行っているあたり、宇宙時代というのは恐ろしい。さまざまな情報が、惑星間の距離なんてまるで無視して伝わっていくのだ。
「で、で! その先輩が、何でいきなり、玄関で土下座してくるんですか……っ!」
女の子は、『ありえません』と、もう一回、呆れたように繰り返した。
「しかもしかもしかも、泣いてたそうじゃないですか! なんなんですか、ありえません! 私の両親がどれだけ困惑したか、わかりますか?」
「あー。わかる。困惑してたな」
「わかるじゃないですっ!」
女の子は、とんでもないという風に、言葉を重ねる。
「何で先輩が! 土下座するんですか! 実は、好きなんですか、そういうの。土下座大好きM太郎とか、あだ名つけますよ」
「それはやめてくれ」
「ちゃんと言ってくれなかったら、やめません。先輩、なんでそんなことしたんですか」
俺はどうしてもそこまで怒られ呆れられるのかわからず、ため息混じりに本心を言った。
「わからない。多分、けじめのつもりなんだと思う」
「けじめ?」
「そうしないと前に進めない気がして。俺の気持ちに区切りをつけるためだ。困惑させたことは謝る。それと」
俺は女の子の黒く円い瞳から、視線を逸らす。
「やっぱり、申し訳ないと思ってる。こんなことになって。俺の能力がもっとあればよかったんだ」
女の子は、ゆっくりと息を吐き、少しだけ微笑んだようだった。
「ばかですねぇ。先輩は、バカ真面目です。能力がもっとあればって、何をいうんですか 。あそこに座ったのが先輩じゃなかったら、今頃みんな死んでますよ」
「……」
俺は、唇を噛みしめる。
女の子を置き去りにすることで、俺たち六百人の命は救われた。それ以外の道はない。これが最善の道で、俺は最善を尽くした。俺は悪くない。むしろ、あの絶望的な状況で、よくやった。みんながそう言う。
けれど、俺には俺が許せなかった。周りの人々や、女の子本人に許されると、なおさら許せない。
「それでも……お前が一番、誰よりも脱出したかったはずなのに……ほんとに、ごめんな」
女の子は、脱出しようと誰よりも懸命だった。その懸命な想いが諦めかけていた俺たちを動かして、『惑星Kからの奇跡の脱出』が始まったのだ。それなのに、女の子は最後の最後で自分自身を犠牲にした。誰よりも懸命だったのに。
「ああ、そのことですか。実はですね、私は、私が一番脱出したくて頑張っていたわけじゃないんです」
「は?」
女の子は、静かに微笑んだ。
「私は、誰よりも先輩に助かってほしかったんです」
俺はぽかんと口をあける。虚をつかれて、言葉が出てこなかった。
「あのとき……助けてもらって、ほんとに嬉しくて。天才と呼ばれるひとだと知って、眩しく見えて。でも話していくうちに、変なところとか、残念なところとか、弱いところとか、わかってきて……。このひとに生きていてほしいと心の底から思ったんです」
女の子は、えへへ、と恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「だから、頑張っちゃいました」
違和感を覚えていた行動のわけがわかり、今度は俺が困惑する番だった。
「……俺の、ため?」
女の子は俺のことを馬鹿だ馬鹿だというけれど、本当に馬鹿なのはどっちだろう。
「うん」
女の子は迷いなくうなずいた。
立体映像の目の前にある机には、書類が置かれている。惑星Kへの調査船の派遣。その調査員の選考会に、俺は応募してきたところだ。
女の子の前に再現されているのは俺の姿だけで、書類は見えていないはずだ。だが見えていなくても、そんなことは女の子には関係ないんだろう。
「お前は……ほんっとーに、大馬鹿者だよ」
女の子は、ふわりと笑う。
「よく言われます」
俺は女の子の頭に手を伸ばして。――髪を触ろうとした手は、映像をすり抜けて宙をさ迷った。
その行為が不意に恥ずかしくなり、照れ隠しでまくし立てる。
「よく言われます、じゃねーよ。この大馬鹿者がっ。とにかく、もう二度と、命を投げ出すような真似はするな」
「……はい」
「俺なんかのために……というか例え誰のためであっても、何百人助けるためでも、絶対に駄目だ」
「はい」
女の子は生真面目にうなずいた。だが、俺は知っている。こうして素直にうなずいていても、目の前に死にそうなひとがいれば自分の安全そっちのけで助けに行く。女の子は、そういうやつだ。
「自らを救う者だけが他者を救えるんだ。弱者に他人を気にする資格はない。優しさの前提には強さがあるんだ」
「うう……」
「お前はちっこいし、力ないし、弱いし、馬鹿だし……他人に優しくするまえに、ちゃんと自分を守れ。弱いんだから」
女の子がみるみるうちにしょぼくれていく。だが、こうでも言わないと、女の子はまたとんでもないことをしでかすに違いないのだ。
「う、うん……」
消え入りそうな声で言った女の子に、聞きなれた声がのんびりとしたトーンで話しかけた。
「わー。えらそーだねー」
俺は思わず、言葉を失う。なぜなら、聞こえた声の主は、俺の耳と記憶が正しければ、惑星Kを死の惑星にしたテロリスト張本人だったからだ。
「そ、そうでしょうか?」
「うん、えらそー。自分は人づきあいもまともにできないくせにねえ。頭はいいけど、そういうことに使う頭は持ってないし。好きになると苦労するから、おすすめしないタイプだね」
「でも好きになっちゃいました」
「うん、そういう風に素直にぶつかれるのはいいことだよ。特に、あの天然鈍感野郎に対しては。このまま押せ押せでいいんじゃないかな」
俺は、わなわなと唇を震わせる。
「……てめぇ」
女の子の立体映像が、ハッとしたように俺の方を向き、左手を伸ばした。俺に――ではなく、女の子本体の前にある通信機器に向かってだ。
「あっ、すみません。今しがた来られたので。姿、映しますね」
女の子の映像のすぐそばに、奴の姿が映し出された。立体映像だろうがなんだろうが、殴りかかりたい衝動に駆られる。
「なんでお前」
「ん? ああ、懐かしい学友の声が聞こえたから、顔が見たくなって」
俺の元友人は、いけしゃあしゃあと、人好きのする笑顔で言った。
「なんでお前が、普通に動いているんだ」
身体が熱い。頭が熱い。腹の底から際限なく沸き上がる怒りで、握った拳が震えた。
「だって、縄をはずさないと、食事もトイレもできませんから。それに私にはもう何もしないって約束してくれましたから」
「だからって、自由にするのか!? 信じるのか? 阿呆が! そいつが何をしたか、死んだやつら以外では、他でもないお前が一番よくわかっているはずだろうが」
俺は女の子を怒鳴りつける。とんでもないことをしてくれた。せっかく気を失わせて拘束したのに、縄をはずしてやるなんて――。お人好しだとか馬鹿だとか、そんなものを超越してしまっている。泥棒に追い銭どころか、わざわざ泥棒の家まで訪ねていってお宝を贈呈してくるぐらいの暴挙だ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕には、こんな年下の女の子に危害を加えて喜ぶ趣味はないからさあ」
「どの口が言うんだ、どの口が!」
「本当だよ。趣味じゃない」
元友人は、静かに微笑む。
「仕事だったんだよ。けどもうクビだ」
俺は、ハッとした。その微笑みが、一瞬、自分自身のように見えたのだ。
「何事? うるさいわね」
さっきの怒鳴り声があまりに大きかったのか、隣室から姫が駆けつけてきた。俺と、立体映像の女の子と友人の姿を認め、姫は表情を険しくする。
「あ、姫ちゃん、久しぶり! 元気ですか?」
「元気よ。それより、その」
姫は俺の方をちらりとうかがった。俺はこれ見よがしにため息をつく。それで事情を察したらしく、姫はひきつった笑みを浮かべた。
「えっと……そっちこそ大丈夫?」
「はい。大丈夫です。酸素製造機は直りました。ご飯も、エネルギー系統も異常なしで、すこぶる快適ですっ」
「あー。えっとね? お隣に歴史に名を残すような大量殺人犯がいるわけだけど……それについてのコメントは?」
姫は表面上は俺よりだいぶ冷静だったが、握った拳がわなわなと震えているのが、俺には見えた。
「心配かけて、すみません。でも、レーザーは私が預かってますし、撃ってくれても構わないと言ってもらってもいます」
「絶対に手離すなよ。常に銃口を向けるくらいでちょうどいい」
このままでは心配で、夜眠れそうになかった。だが、いまの段階で撃っていないということは、自分から撃つ気はないんだろう。女の子は、変なところで頑固だ。
「は、はい。充分気をつけます」
「たく、言ってるそばから。お前は強くないくせに優しいから。だいたいそういうのは、優しいじゃなくて、甘いっていうんだ、阿呆が」
「はい……」
「わかったらとっとと寝ろ。空調きかせすぎるなよ。歯磨きはしろよ。戸締まりはきっちりな」
「はーい」
お母さんみたいねと姫が言ったのを最後に、女の子が通信を切る。女の子と友人の立体映像が、空気にスッと溶け消えた。そして、数秒間、なにもなくなった空間を見つめ続ける。
「元気そうで何よりね」
「ああ。あのさ、姫。俺はちょっとやることがあるから」
出て行くように言おうとした瞬間、フッと煙のように、友人の姿が現れた。友人は平然とした俺の顔と、驚いた姫の顔を見て、静かに微笑む。
「やあ。電源切らずに待っててくれてありがとう。相変わらず君は、察しがよくて助かるよー」
「あれだけ不自然に割り込んできたんだ、あの子に聞かせたくない話があるんだろ。誰でも察すよ、そんくらい」
俺はぶっきらぼうに答えた。数ヵ月の間、同じ部屋で暮らしただけあって、そのくらいのことは簡単にわかる。
「あっ、私、もしかして出ていったほうがいい?」
姫が居づらそうに言う。俺は黙って友人の答えを待った。
「ううん、いてくれていいよ。つまらない話だけど、お願いがあって」
「なんだ?」
聞くだけは聞いてやることにする。事と次第によっては、女の子が人質になりかねないのがつらいところだ。
「持ってるよね? ホログラム映写機」
「……ああ」
迷ったが、うなずいた。友人は納得したように、少し嬉しげに笑う。
「やっぱり、あのとき、追いかけて来てくれたんだ」
「まあな」
あのときは愚かにも、友人のことを友達だと思っていた。だが友人は違う。俺のことなんか、なんとも思っていなかった。それどころか、虫けらの一匹のように踏み潰そうとした。それなのに、あのとき俺に追って来てもらえたことを喜ぶなんて、本当にどうかしている。
「でさ、それ、届けてほしいんだ。僕の大事な人に」
「地球にいるっていうガールフレンドか? 住所はどこだ?」
そのくらいのことなら、やってやってもいいかなと思う。彼はいずれ監獄へ行き、帰ってこない囚人なのだから。だが果たして、友人のガールフレンドは、今でもガールフレンドのままなのだろうか。送ったところで、受け取ってもらえるのだろうか。
「ううん、燃やしてほしいんだ」
俺の疑問は、呆気なく溶けた。
「僕と彼女では、行くところが違うと思う。だから、後生のお願いだ。燃やしてほしい」
友人が行くのは、地獄。彼女が行くのは――いるのは、天国。
俺は、しみじみとため息をついた。
「お前がKをぶっ潰したのは、その彼女のためか? 復讐ってわけか?」
「復讐じゃなくて八つ当たりで、彼女のためじゃなくて僕のためだよ」
友人の言葉に一切のきれいごとはない。
「復讐といえば復讐かもしれないけれど……こうするしかなかった訳でも、こうしたかったわけでもない。気づいたらこうなってた」
まるで他人事のような口振りだった。
「どうしようもないね」
「わかったわかった。届けるよ」
俺は、友人の不愉快な言葉を遮った。友人はおやつを買ってもらった幼稚園児のように顔を輝かせる。
「本当? ありがとう。一時期でも、君と友達でよかった」
「手当てしてくれた分の、お礼だ。それだけだ」
姫が、怪訝そうな顔をする。
「手当て?」
「あいつの手だよ。あいつは見せないようにしてたみたいだが」
「それがどうして?」
「あいつは利き手にあんな綺麗に包帯を巻けるほど器用じゃねーよ」
女の子の右手には包帯が綺麗に巻かれていた。今、惑星Kには人間は二人しかいない。女の子本人ができないのならば、手当てをしたのは奴しかいない――そう、怪我をさせた張本人しか。
「さすがの観察眼だね」
友人は、死刑囚は、静かに笑う。つまり、それは肯定だった。引き金を引いたその手で、包帯を巻く。手当てする方も、させる方も、どうかしてしまっているとしか思えない。
「今さらなんだ、恩を売って命乞いか?」
「違うよ? 信じてもらえないかもしれないけどさ、僕は君らやあの子を筆頭に、惑星Kのひとたちに、純粋な好意を抱いている」
「嘘つけ」
「ほんとだよ。この惑星に両足をつけてから、ずっとずっと日増しにその思いが募るんだ」
「なら、殺すなよ、阿呆が」
「うん、でもね、自分がこれから壊すと思うと、さらに胸が痛くて苦しくなるんだ……愛ってさ、こういうのをいうのかな?」
「黙れ。殺すぞ」
俺の言葉に、友人はふっと目を細めた。悲劇以前、俺を遊びに誘い、断られた時のように、淡く苦笑する。
「そうしてくれたらよかったんだよ。こうなる前に、誰か」
その苦笑は、大きな衝撃音と共にかき消えた。姫が降り下ろした拳が、機械の動作を止めたのだ。艶やかな長い髪に隠されて、姫の表情は見えない。けれども、絞り出した声は怒りと悲しみが混ざりあってどす黒い色をしていた。
「ごめんなさい……私、もう聞きたくなくって」
「俺も同感だ」
「……ごめんなさい」
「気にするな」
もう少し姫が動くのが遅ければ、俺が通信のスイッチを切っていたかもしれない。
「私、あの人と話すと、頭が変になりそう。なんであんなに前と同じように平然としてられるのか理解できない。それにもし理解できちゃったらと思ったら恐くて、何も考えたくない」
「うん」
「……負の感情が膨らんで、カッとなって、私が私じゃないみたいになるの」
「うん。わかる」
短く答えた。
「もっと、あの人が悪人ならよかったのにね」
「悪人は悪人だろ。宇宙史に残る極悪人だ」
姫は髪をかきあげ、少し落ち着いた様子で言う。
「そうじゃなくって……分かりやすい悪人なら、よかったのに。金とか名誉とか地位とか、快楽とか、復讐のために殺したっていうなら……もしくは、自分は悪くないとか言って、保身に走ってくれたらよかったのに」
姫の言うことは、俺にはよくわかった。分かりやすい悪人なら、分かりやすく憎むことができた。理解することができた。
(こうするしかなかった訳でも、こうしたかったわけでもない、気づいたらこうなってた……か)
気づいたらこうなっていたというのは、あながち嘘でもないだろう。あるところまで来た時点で、彼には引き返す道がなかった。けれど、それでも、彼が自分の命を惜しんだようには見えないのだ。
理解できない。憎しみのやり場がない。
「……あいつも、なにかを欲していたんだとは思う」
手の中のホログラム映写機を、光にかざす。豆よりも小さなカプセル。その中に、答えはあるのだろうか。あったとしても、永遠に見ることはできない。
「なにかって、なにかしら?」
「さあな」
「そのなにかは、手に入ったのかな?」
「手に入ったんだと思うよ」
その晩、女の子から、泣きそうな声で通信が入った。友人の姿が見えない、探しても見つからない、とのことだった。
きっと、探したってもうどこにもいないんだろう。
俺は女の子との通信を切り、痛いほど静かな部屋で、姫とのやり取りを思い出していた。友人の欲したものは手に入ったのかどうか。あいつは頭のいいやつだから、命を賭してまでやろうとしたことで、しくじるはずがない。万にひとつもない。だけど、ただひとつだけ、誤算をしている。友人と呼んだ俺のことを、見誤っている。
俺は、ホログラム映写機を床に落とし、靴の底で踏みつけた。豆を潰したみたいに、呆気ない感触だった。もしかしたら、俺がこうすることすら、友人の予想どおりだったのかもしれないけれども。