時空ループ学園ファンタジー小説「未来からのダイイング・メッセージ」

(C)ジュエルセイバーFREE

「よく聞け。お前は、もうすぐ死ぬ」

突然、俺に瓜二つの人間が目の前に現れた。そして、謎の遺言を残して消えた。
俺は決意する。
遺言にこめられた意思を読み解いて、最悪の未来を回避する、と。

魔法学校を舞台にした、時空ループ学園ファンタジー小説。




Roop.01 プロローグ

「いいか、聞け」
そして現れた少年は、喉をゆっくりと震わせた。
「これから、お前は、死ぬ」
今さっきまで俺ひとりしかいなかったはずの教室に、その冷たい声の余韻がただよう。
黒板の上にかかっている時計の針が指す時刻は、すでに六時を回っていた。
先ほどまで宝石のように煌々と燃え盛っていた太陽は、すっかり勢いを弱めている。代わりに涼しいというよりも冷たい風が吹き、校舎のなかにわずかに残った熱気を押し流していた。
遠く、階下のほうから響いてきていた吹奏楽部の演奏が止まり、あたりはその瞬間だけ、深夜のような静寂に包まれる。
俺がその少年と逢ったのは、昼のにぎやかさの残滓と夜の静けさの気配が混ざりあい、溶けこんでいく頃合のことだった。
放課後の教室。
机はお世辞にもぴしっと並んでいるとはいえない。高校生ともなれば体躯が大きいから、誰かが通路を歩くたび、机や椅子は微妙に押されてゆがんでいくのだ。後ろにあるロッカーに詰めこまれた教科書や部活道具も、壁にところせましと張られたプリントも、生徒たちの息づかいや笑い声を残響のようにはらんでいた。
そんな雑多な教室のなかで、夕闇をひとのかたちに彫ったようなその姿は、静かにたたずんでいた。
(い、いつのまに、いたんだ?)
少年に声をかけられたのは、ちょうど荷物をまとめ終えて帰ろうかというところだった。
俺は教室の後ろの空きスペースに立つ少年を見る。
平均的な身長に、中肉中背よりやせ気味の体型。歳の頃は俺と同じ、十五、六くらいだろうか。えんじ色のブレザーに身を包んで、黒いフードを頭からばさりとかぶっている。
俺は昨年の文化祭で、悪い魔法使いの役をしたときのことを思い出した。あの時、俺はちょうど少年と同じように、顔の半分を隠していた。だが、あのとき頭からかぶったのは、切った黒いゴミ袋だ。
少年が身に着けているものは、一目で高価だとわかるような、手触りがよさそうでやたらと光沢のあるローブだった。
しかし、文化祭は終わった。
少年はいまどき何のつもりで、こんな中途半端な魔法使いみたいな恰好をしているのだろうか。
(中二病か? 高校生にもなって?)
そんなことを考えていたら、俺は少年の言葉を危うく聞き逃してしまうところだった。
お前は死ぬ。死ね、ではなく、死ぬ。命令形ではなく、確定形。
俺の耳がおかしくなければ、とんでもないことを言われた気がする。
「は? なに言って……?」
少年は、俺が困惑することを予想していたらしい。切れた唇の端をなめ、用意してきたかのように、するすると言葉をつむいだ。
「今から十日後、魔技専の奴らは、みんな死ぬ」
声変わりは終わっているようだが、とりたてて高くもなく低くもない声だった。聞き覚えのある声だ。最近もどこかで聞いたことがある。どこだろうか。
「まぎせん?」
俺は、わけもわからず聞き返した。
「ああ。俺だけはその場にいなくて助かった。でも、俺は、あいつらが死んだなんて、死ぬなんて、そんなの嫌だ。だから変えにきた。時間を廻す術を、俺の命と引き換えに使ってもらった」
「待った、え、なに」
時間を廻す。命と引き換え。少年の口から出る言葉は、どこか遠い世界の言葉みたいに、俺の脳に浸透することを拒んだ。
「俺は、高島 貴志(たかしま たかし)。今からちょうど十日後のお前自身なんだよ」
今、目の前に鏡があったなら、俺は――高島貴志は、きっと自分でも呆れるくらいしまりのない、馬鹿みたいな顔をしていることだろう。だが、俺が茫然としているのは、決して馬鹿だからではない。同じ状況になれば、きっとクラスメートの誰だって、同じように茫然とするしかないだろう。
「いいから。意味が分からなくても、今言ったこと、覚えていろ」
少年は、ゆっくりと手を伸ばす。
俺の左腕がつかまれた。つかまれてからそのことに気づき、反射的に身体の動きを硬直させる。
炎天下で体育の授業を終えたときのように、少年の手はじっとりと濡れていた。つかまれたところから、意思をはらんだ熱がひしひしと伝わってくる気がする。
俺は、思わず一歩後ずさった。足が後ろにあった机に当たり、ガタンと大きな音がする。

「久遠 黒希(くとう くろき)を止めるんだ」

世界の終わりを告げる予言者というよりは、むしろ親父が出来の悪い息子に一字一句言い聞かせているような話し方だった。
「くとう……くろき?」
話の流れから、人名か団体名だということはなんとなくわかる。
だが、聞いたことのない単語だった。
「そう、こうなりたくなかったら」
つかまれていた手が離される。何気なく下のほうへと目線をやり、俺は息をのんだ。心臓が、ちょっと止まったかもしれない。
俺の左腕が、赤いリストバンドをしたみたいになっていた。
皮膚の肌色に、つかんだ手の形をした赤黒い模様がついている。少年の手は、汗ではなく赤い液体で濡れていたのだ。
俺の腕を、赤い液体がしたたり落ちる。教室の床に、腐った彼岸花が一輪咲いた。
俺は息がつまるのを感じる。
少年の黒いローブにはやたらと光沢があるように見えたが、違う。液体がしみこんで、黒いローブに色の違いを生んでいるのだ。その濃淡を、薄暗いせいで光沢だと錯覚していただけだった。
「怪我しているのか、保健室に行かないと」
俺の言葉を受けて、ローブの下の唇が、ふっと吐息のような笑いをこぼした。唇の端っこは切れている。その周りの皮膚はうっすら紫に染まり、腫れていた。どうやら単に乾燥して切れたわけではないらしい。
俺は、痛々しい赤から目を背けた。
「俺の血じゃないし……それに、無駄だって。言ったろ? もうじき死ぬんだよ。お前は――俺は。それが、あいつの術の代償なんだ」
少年は、つかんでいる方と逆の手で、ローブに手をかける。そして、すばやくフードを脱いだ。黒い布の下から、少年の顔があらわになる。
かぶりものをしていたせいか、少しぼさぼさな短い黒髪。肌の色はいたって健康的だが、小麦色というにはわずかに白いだろう。素直そうな目鼻立ち。クラスの男子で人気投票をしたら、二票か三票は入るかもしれない。
少年はそんな、どこにでもいるようないたって平凡な顔をしていた。
そう、どこにでもいる。
ここにもひとり、いる。
目の前の光景が網膜に焼きつき、神経を伝って、困惑しきった脳みそをぐさりと刺し貫いた。
「ひっ……!?」
俺は思わずひきつった悲鳴、というよりは、気道と空気が摩擦したような奇音声をあげてしまう。
少年は、俺とまったく同じ顔をしていた。いや、この表現は適切ではない。
そこにいたのは、俺だった。
どこからどう見ても、俺だった。
制服は違う。俺が着ているのは真っ黒な学ランだ。
ここ、都立第五高校の指定服で、入学前に買ってもらった。よく言えばシンプルで伝統的。悪く言えば没個性でダサい。思わず「昭和か」と言いたくなるようなオールドファッション。
それとは対照的に、少年が着ているのは見たことのないブレザーだった。
知性の香りがする、平成にふさわしいオシャレファッション。もっとも、平成も二十五年を越えた今の時代、むしろこっちの制服の方が没個性かもしれない。
ベージュのカーディガンに、ゆるめにむすばれた青いネクタイ。それと、ひもつきの黒いバスタオルを肩に巻いて、ひもを首元できゅっと結んだようなローブ。襟元から覗くシャツは、きちんとアイロンがけされているようだった。
しかしその襟にも赤いシミが飛んで、理解できない抽象的絵画みたいになってしまっている。
みたところ、胴体や腕、下半身といった学生服の部分よりも、胸より上――ローブの方がひどく汚れていた。目立った怪我はない。だが顔や腕といった全身のそこかしこに切り傷や擦り傷、打撲のあとがある。
そこそこきちんとした学生服の着こなしは、むしろその怪我の違和感をありありと際立たせるだけだった。
そこまで違う恰好をしていても、顔はおんなじだ。
瓜二つな一卵性の双子でも、表情の作りかたには不思議と差が出るという。
しかし、俺と目の前にいる少年は、瓜二つとか、鏡に映った自分自身とかいう次元をはるかに超えて、そっくりだった。そのものだった。顔や身体のつくりだけでなく、顔を動かす筋肉の動きやその極小の癖、さらには身にまとう空気までもが、同一だったのだ。
唯一異なっている、研いだ黒曜石のように鋭い少年のまなざしが、俺の瞳を射抜く。
頭のなかを満たした困惑が、悲鳴のようなかすれた声になって口を出た。
「おい、これはどういうことなんだよ!」
少年の姿が、ぼう、と揺らいだ。周りの空気ごと、オーロラのように奇妙に脈打つ。だが、絵の具の全部の色をぶちまけて水で薄めたような色彩は、くすみすぎていて、オーロラというにはほど遠かった。
空気をかき混ぜるようなゆがみが、少年をどろりと包みこむ。そして空間ごと、真夏のアスファルトに立ち上った蜃気楼のように、波打ちながら薄れていく。
俺の問いに対する答えは、返らなかった。
その代わり、少年は祈るように瞳を閉じたようだった。

俺は、ゆっくりと首を動かして周りを確認する。
夢を見ていたような、今でも見ているような心地だった。
少年は――自称・俺は、いきなり現れて、意味不明なことを言って、そして物音ひとつ残さずに消えてしまった。足元を見るが、血のしみはもうどこにもなかった。床の木目は規則正しく並んでいる。
俺の腕も、あんなに汚れていたはずなのに、嘘のようにもとどおりだった。いましがた起こったことが現実であることの証人は、なにもなかった。きれいさっぱり、消えてしまっていた。
それでも、少年の残した言葉は、俺の頭のなかに確かに刻み込まれている。
(俺が、十日後、死ぬ……?)
すっかり薄暗くなった教室のなか、化け物の牙を押し当てられたような寒さが背筋にはいあがってくるのを感じた。