時空ループ学園ファンタジー小説「未来からのダイイング・メッセージ」

Roop.03 疑念

(今の、なんだ?)
網膜に映った目の前の光景は、あまりにも現実離れしていて、俺の理解の範疇をはるかに越えていた。
「きゃああああ!」
そして、凍りついていた時間が、ゆっくりと動きはじめる。しきこの友達のひとり、ショートヘアで運動神経のよさそうな女子が、拒絶するような甲高い悲鳴をあげたのだ。それを皮切りに、事態を目撃していた周囲の生徒たちも、困惑や戸惑いのまま、口々に言葉を発する。
「何っ? 爆発っ!?」
「誰か、先生呼んでこい!」
騒ぎ声を聞きつけて、何人もの生徒たちが校舎の窓から顔を出した。
数メートル先で目を見開いているしきこと、ふいに視線が交わる。
「大丈夫かっ?」
俺はしきこへと鋭く問いかけた。
しきこは口を開けたまま、壊れたマリオネットのようにこくこくと首を縦に振る。腰が抜けたようにへたりこんでいるが、見たところどこにも怪我はないようだった。
俺は、ほっと息をつく。無事だった。数秒ぶりに、生きた心地がした。
「ごめん、貴志くんのクラス、五限目に国語あるって聞いて、それで……っ」
しきこは、瞳に涙をためて、震える手で電子辞書を差し出した。
それを受け取ると、金属の板は思いのほか冷たかった。電子辞書が冷たいというよりは、俺の手が熱かったのだろう。キャッチボールをしていたから、というだけでは説明できないほどの熱さだった。
「しきちゃん、なにも当たってない?」
友達のひとり、黒髪をアップにしたお嬢様風の女子が心配そうにきく。しきこが明るく愛らしいフランス人形だとすれば、彼女は月のように静かな美しさを持つ日本人形のようだった。
しきこは自分の両手を広げて見て、それからちょっと無理のある笑顔をつくる。
「う、うん。大丈夫……みたい……?」
そう言うしきこだったが、しきこ自身さえ、なんともなかったことをまだ信じられていないようだった。語尾は弱々しくて、そのうえ最後は疑問形になってしまっている。
「怪我なくてよかったぁ」
「よかったねえ」
友人たちは、何はさておき、しきこの無事を喜んだ。
いざというときには、人間の本性が明らかになるという。
目の前にボールが飛んできて爆発するという異常事態が起こっても、逃げようともせず真っ先に心配してくれる友達に囲まれて、しきこは幸せだ。
こんなときなのに、俺まで自分のことのように嬉しくなってしまう。
「ごめん! 俺、指が滑って!」
駆け寄ってきた岩内が、勢いよく腰を折り、がばっと頭を下げた。もうちょっと頑張ったら、前屈したまま頭が地面につくくらいの姿勢だった。四角い顔は、恐くなるくらいに青白い。冷や汗が額からあふれ、垂れた短髪を伝い落ちて地面にしみをつくる。
しきこは、片手を胸の前でぶんぶんと振った。
「い、岩内くん。そんなにしなくて、いいよお」
「ごめんな、俺、俺……っ!」
「顔、あげて? 本当になんともなかったからっ」
しきこは、元気なのをアピールするみたいに、ほわんと気の抜けるような笑顔を浮かべる。さらに謝罪を重ねようとする岩内の言葉を遮り、スカートから砂を払って立ち上がった。
「それより先生、呼んでこなきゃ。片づけもしないと。行こ。ねっ」
しきこと友人ふたりが渡り廊下を小走りで歩いていくのを、俺と岩内はただ見送る。
左手のグローブを外して右手で持ち、俺は地面を見下ろした。
まるでコップに入れた米粒を、そのまま地面にまき散らしたみたいだ。膝を折り、白いひとかけらをすくうようにして指先に乗せる。
(布?)
赤い糸くずがみえ、俺はあっと声を上げかけた。白い米粒のようなものは、もとはボールだったのだ。よく見てみると、地面の茶色に混ざって、コルクのようなものの粒なんかも散っていた。それらは多分、ボールの中身だ。
(中に爆弾が入っていた……わけないよな)
俺は、たったいま起きたできごとに説明をつけようと、思考回路をめぐらせる。
(ボールが、撃たれた?)
浮かんだ考えは、すぐに否定できた。そんな凄腕の狙撃手がこんな普通の高校にいて、しかも中庭をタイミングよく狙っていたなんて、あるはずない。銃声も聞こえなかった。
なにより、撃たれたとすれば、ボールはこんなにまんべんなくバラバラにはならないだろう。被害だって、もっと大きくなったはずだ。
(でも、じゃあ、何が?)
頭のなかに浮かんだ疑問を、俺は言いかえる。
(誰が?)
そのとき不意に、頭の後ろの方が感電したように痛んだ。後ろに倒れそうになるのを、膝に力をこめてぐっとこらえる。
そして姿勢を戻すと、ふと岩内と視線が交錯した。
「なあ、貴志」
岩内は、そこで口をつぐむと、迷うように俺から目線を逸らした。
岩内のつくるおおきめな影にも、ボールの残骸は入り切っていない。
「なんだよ?」
俺は、待ちあぐねて次の言葉を催促した。
岩内は、覚悟したようにまっすぐなひとみで、恐る恐るといった風に口をひらく。その眼には、未だかつてみたことがない、怯えるような色が見え隠れしていた。
「お前が、やったのか?」
予想外の言葉に頭を殴られるような衝撃を覚え、俺は目を見開いた。
ざあっと風が吹いて、重なり合った葉がつくる影のかたちは、砂嵐のようにノイズ交じりに揺れ動く。足元に散らばった破片が、砂と一緒に少し飛ばされていった。
岩内は俺をまっすぐに見ている。視線を逸らしたら、肯定したことになるかもしれない。俺は瞳に力をこめて、目線をそのままに保った。
(俺が、やった……?)
岩内からはそう見えたのだろうか。いや、おそらく確信とまではいっていない。考えて、考えて、ようやく作った疑う先が、俺だったってだけのことだ。
想像外のことが起こって混乱したとき、ひとは自分の理解できる回答を見つけて、納得しようとする。納得することで、安心を得ようとする。
きっと、それだけのことだ。
俺は、下唇をかみしめて考える。笑い飛ばすのは簡単だ。けれども、俺自身が、岩内と同じ疑惑を抱いてしまっていた。
(確かに俺は、あのとき、イメージした)
あのとき、俺の意志は体中を駆け抜け、一点に集まり、ボールを光よりも速く貫いた。
(でも、考えただけで、こんな風にできるわけないだろ)
否定しようとするものの、一度わいてしまった疑惑は振り払えない。それは心のなかに墨汁を垂らしたように、黒くじわりとにじんで落ちない。
(なにか、言わないと)
考えるのは後だ、と思案を打ち切り、俺は口を開く。のどや口がからからに乾いてしまっていて、最初の音は声にならなかった。
たいして暑くもないのに、汗が肌の表面を伝う。
「……っ」
俺が何かを言いかけるよりも一瞬だけ早く、岩内の声が耳に届いた。
「ぷっ」
岩内は頬を膨らませ、閉じているのかというくらいに目を深いカーブにする。そして唐突に、大音量の哄笑をぶちまけた。
「はははははっ!」
「へ?」
「なに黙ってんだよ、お前! やめてくれよ、そーゆーの!」
「は?」
俺は、ぽかんと口をあけて、間の抜けた声を返す。それすらもおかしかったのか、岩内はお笑い番組のコントがツボに入ったように激しく笑い続けた。
「真剣な顔しちゃって、黙りこんじゃってさ。本気にしちゃうじゃんか」
「へ?」
「急に真顔になるから、何を言い出すのかと焦ったじゃん。こんなん、お前がやれるわけねーだろっ?」
「あ……」
一瞬だけ茫然としてしまったが、ようやく合点がいった。冗談だったのだ。
俺は唇に深く笑みを刻んで、慌てて調子を合わせた。
「お、おう! ……いや、ふ、ふははは、そうだ、俺がやったのだ!」
俺は芝居がかった口調で言い、大仰なポーズをとる。岩内の笑顔がにわかに和らぎ、うかがうような気配が消えた気がした。
「な、なんだってー! そりゃびっくりだ!」
「よくぞ気づいたな、若造!」
「ま、俺のこと、ウドの大木だと思って侮ってんじゃねーってことだな!」
「ウドの大木じゃなかったら、なんなんだ?」
「んー、木偶の坊?」
もう高校生にもなる友人に胸を張って宣言されて、ちょっとばかり悲しくなる。
「……五限目の授業、今度からもうちょっと頑張れ、な」
「どういう意味だ?」
「悪いこと言わんから。な?」
軽口を叩き合っていると、向こうからしきことその友達が、ほうきとちりとりを持って帰ってくる。
「先生、来るって。ほら、これ、早く片付けないと、休みが終わっちゃうよ」
「お、ありがと」
「もう、遊んでちゃだめだよっ」
今までなにをしていたの、と言外にちょっと責められてしまった。
「ごめんな。ほら、木偶も働け」
「おう!」
女の子は、精神的に強い。さっきまで涙目だったのに、もう元気にくすくすと笑い、テキパキと片づけをしている。そんな切り替えの速さに、しきこの新たな面を見たような気がした。
ブーケの花みたいに可憐な容姿とは裏腹に、しきこは芯が一本通っていて、したたかだ。守ってあげたい、と男が思うような女の子は、実は守ってもらう必要なんて一切ないのかもしれない。
俺は、ほうきでゴミのようになったボールの破片をはく。けれど、砂も一緒に集まってきてしまい、ちりとりはすぐにいっぱいになった。
片づけの最中、横目でちらりと岩内の方をうかがってみる。
岩内は、ほうきを動かすのに熱中していて、それ以外のことは何も考えていないように見えた。
『お前が、やったのか?』
岩内に問われたときのことを、頭のなかで思いかえす。
あのとき、岩内の眼は迷うように揺らいでいた。声だっていつもより低かった。なによりも、怯えるような、非難するような意志が、まっすぐな視線から痛いくらいに伝わってきた。
あれは決して、冗談なんかではなかった。
(岩内は、俺がやったんじゃないかと疑っている)
だが、現実的に考えて、そんなわけない。この平成の日本で、そんな物理法則が捻じ曲がるようなことが、あってはならない。
(でも、じゃあ、あの爆発は何だったんだよ)
俺は口をかみしめて、自分の手を握りしめた。
あまりにガン見していたせいで気づかれたのか、岩内と目が合いそうになり、逃げるように視線を逸らす。
そのあと、教室へ帰るまで、俺は意識的に岩内と目を合わさないようにした。
どんな表情をすればいいのかも、どんな風に話せばいいのかもわからない。

そんな風に岩内のことばかり意識していたから、俺は気づくことができなかった。
もうひとり、俺のことを探るような目で見ている人物がいたことに。

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