時空ループ学園ファンタジー小説「未来からのダイイング・メッセージ」

(C)ジュエルセイバーFREE




*Roop.07 天才降臨

学校といえば、多くの人が思い浮かべるのが、横長な校舎だろう。三階建てくらいで、窓が等間隔に並び、真ん中には時計があったりする。グラウンドが併設されていて、放課後や昼休みは、生徒たちのにぎやかな声であふれる。
俺の通っていた都立第五高等学校も、そんな感じだった。生徒には個性を要求するくせに、没個性な気のきかないデザインの校舎が、ビルの隙間に申し訳なさそうに立っていた。
「なん、ですか、これは」
今目の前にある建物は、そんなありふれた学校とは、一味もふた味も違っていた。
まず目に入るのは、視界いっぱいに続く湿原だ。湿原と聞いて、俺は泥沼のようなものをイメージしていた。だが、想像とは全然違った。水面が、完全に景色を反射しているのだ。神様が地面に落とした丸い鏡が、長い年月を経て草木に一部覆いかぶさられたかのようだった。はるか遠くには、青い線のような山々が地平線を縁取るように横たわっている。
油絵のように鮮やかな景色のなかに、その建物は堂々と立っていた。水場に刺さった何本もの柱に支えられて、高床式になっている。ヴェネチアの街から、家を何軒か引き抜いて持ってきたかのようだった。
その奥には、野球ができそうな広さの丸い建物や、雲に乗るための駅みたいな大木、南極から直送でもしないと手に入らないような大きさの氷なんかが、複雑な構造で絡み合っている。
正直いって、これを学校だとカテゴライズするのには、抵抗があった。古代文明の遺跡、もしくは神様のおもちゃ箱とでも表現するのが適当だろう。
「ようこそ。国立魔法技術専門学校へ! あれが君が明日から通う学校なんだけど、感想はあるかな?」
久織先生はにんまり笑って、両手を大きく広げる。
東京からの旅は、久織先生と厚田先生が案内してくれた。羽田空港から、国内線で数時間。さらに電車と車を乗り継ぎ、ほぼ一日がかり。スーツケースを持つ手が、感覚をなくしそうなくらい疲れている。気合いを入れて制服姿で来たのだが、こんなことなら制服を郵送してしまって、もっとラフな格好にしておけばよかった。
「えっと、どうやって行くんでしょうか」
広いですねとか、綺麗ですねとか、遺跡みたいですねとか、言いたいことは他にもあったのだが、疲れている頭はどうにも現実的だ。
「あー、君は飛べないんだっけ? この距離も厳しいかな」
「人間ですから」
馬鹿にされている気がして、顔をしかめながら答える。
久遠先生も、鏡に映したようにむっとした顔になった。
「ランプ持ちも人間だよ?」
「あ……。すみません」
ここに来るまでに、ランプ持ちについての概要は教えてもらったはずだったのに、つい数日前までの感覚で言ってしまった。
己の口の軽さと思慮のなさに後悔しつつ、軽く頭を下げる。
久遠先生いわく、飛ぶことができる人間は少ないが、それなりにいるという話だった。
「いいんだよ。でも、忘れないでね。この学校には変人奇人しかいないけど、みんな人間だよ。もちろん、君もね」
「……はい」
素直にうなずく。郷に入れば郷に従え。自分や周りが能力(ランプ)持ちであるという自覚を持つにこしたことはないだろう。
「んじゃ、行こうか。ここからは船だよ。ついでに学舎も案内しよう」
陸から湿原の真ん中にある校舎までは、船での移動だった。船とはいっても、二畳くらいの大きさのボートだ。
風ひとつないのに、船首が水面を切って進んでいく。
椅子の面から伝わってくる振動は、地下鉄に乗っているよりもずっと繊細だった。
鼓膜を震わせる虫や鳥の合唱も、地上で歩道橋に立って聞いている車の音より控えめだ。
(あれは、夢だったんだろうか)
すこしうとうとしながら、自称『未来の俺』が言ったことを思い返した。
(俺はもうすぐ死ぬ。くとうくろきを止めろ、か。本当にあいつが十日後から来た俺だとしたら……あいつは忠告することで過去を変えようとしたんだろ。それほど……時間を巻き戻したいと願うほど嫌なことが、これから起こるのか?)
考えたくない。でも、考えなかったら、きっと同じようになる。
俺は細く息を吐いて、あのときのことを思い返した。
俺が俺だとは思えなかった。
夕闇をひとの形に切り取ったような姿。うっかり激戦地に足を踏み入れてしまった新米戦場カメラマンが、死が飛び交うなかをひた走り、ころげながら、間一髪で命をつないだときのような眼をしていた。
あんな風になるようなことが、これから起こる。そう考えると、身体の芯から震えが走った。
あのとき、俺の頬には涙の筋がこびりついていた。きっと、最悪の未来を変えるために、必要なことを伝えてくれたのだと思う。だとしたら俺は、なんとしてでも変えなくてはならない。
失敗したら、俺は十日後、過去を変えたいと死ぬほど思うんだ。そして時間を巻き戻して、過去の何も知らない俺に頼む。未来を変えてくれ、と。
そんなの嫌だ。
せっかく未来の俺が忠告してくれたのだから、それに報いたい。同じなんて、嫌だ。
だったら、俺のすることは自然と決まってくる。

一、ランプについて調べて、過去に戻る術が存在するのかどうかを明らかにする。

俺自身が半信半疑では、行動もとりづらい。起こったことをありのままに話しても、変人扱いされるだけだろう。
だが、もしランプ使いのなかで過去へ戻る術が一般的ならどうだ。もしかすると、話を信じてまともに聞いてくれるひとがいるかもしれない。そうして事態を冷静に分析してこそ、未来を変えることができるはずだ。
それに――最悪の場合、また過去に戻る必要があるかもしれない。そのためにも、過去へ戻る術について調べておくことは、必須といっていいだろう。

二、くとうくろきを止める。

くとうくろきがなんなのか、まずはそこからだ。それを調べて、止める。
物理的に、動けなくするのだ。ひとだとしたら、説得して精神的に止めるという手段もありうる。
「くとう……」
くろき。そう、口のなかで小さくつぶやいた。
不意に、船首に立っていた久遠先生が、くるりと振り返る。
「どうしたんだい? そういえば、君は無口だね。聞きたいことがあるなら、なんでも聞いてくれて構わないよ」
操縦者がよそ見をしたというのに、船のペースはエンジンがついているのかと思うほど一定だった。飛行機雲のようにまっすぐな線が、水面に映った空をすうっと割っていく。間近で見ても、水面はやっぱり鏡だった。
「えっと、じゃあ、くとうくろき、ってご存知ですか?」
久遠先生は、切れ長の瞳を二度瞬かせた。そしておかしいジョークを耳にしたときのように、にんまりと口角を上げる。
「もちろん。当然じゃないか。君はどこでその名前を? もしかして、あの子と知り合いなのかい?」
「いえ、そういうわけでは」
久遠先生の口ぶりからしても、くとうくろきは人名で間違いないようだった。だが知り合いかと問われれば答えに窮する。まさか、未来の自分から遺言されたなんて言えるはずもない。
「どんな人なんですか?」
「それ、僕に聞いちゃうの? うーん。そうだねえ……」
久遠先生がいいよどんだのに呼応するかのように、恐竜が足を踏み鳴らしたような地響きが低く轟いた。船が傾き、水面にいくつもの同心円が反響する。完璧だった鏡水面の鏡が割れて、底知れぬ沼がその姿の片鱗を見せた。
「な、なんですか!?」
空気そのものが警戒しているような不穏の中、悲鳴をあげると、場違いにのんきな声が返ってきた。
「あー、ほら。あの子だよ」
久遠先生が微笑んで一点を指差す。その指が、全身が、地震が起こったみたいに激しく揺さぶられた。いや、違う。揺さぶられたのは俺だ。振り落とされないようにと、船のへりに両手でしがみつこうとする。右手は無事つかめたが、左手は距離を誤って、突き指してしまった。
そして次の瞬間、稲妻のような風が巻き起こった。上から落ちるのではなく、地面を這いながら回転する疾風は、さながら竜の舞いのようだった。
風は木々を揺らし、水面を掻き乱して、ある一点へと、ブラックホールの光よりも早く収束する。
俺は風の向かった先へと、なんとか細目をあけて視線を向けた。
嵐の中心部、久遠先生が指差したところには、ひとりぶんの人影があった。短い髪が激しく形を変え、服の裾が台風の日の旗みたいに暴れまわる。その人の片手には、身長と同じ長さの杖が握られていた。掲げられた杖のてっぺんが、台風の目だ。
俺は息もできずに、その人に見いった。日本人の俺でも羨ましく思うような、闇よりも深い黒髪。整った顔立ちは、人間離れした神秘的な雰囲気をもっていた。戦女神でも降臨したのかと本気で思ったが、ローブの下からは、俺と同じチェックのズボンをはいた両足がすらりと伸びている。ローファーの下には、風がとぐろのように渦巻いて、地上二メートルほどの高さの足場を作っていた。
「あれが、久遠黒希だよ」
久織先生が、弾んだ声で言う。
「高等部一年生。幾多の術を使いこなす、我が校始まって以来、歴代二位の才能を持つ天才だ」
俺たちの乗った船が、暴れ狂う風に翻弄されて座礁した。この嵐を、ひとりの人間が起こしている。その事実だけで、ランプ使いが隔離される理由は明確だった。

俺は足を片足ずつへりの外へ出す。
彼の人ーー久遠黒希は、ひとりの女子生徒を高みから見下ろして言った。
「せとかさん。これで、終わりです」
せとかと呼ばれた燃えるような赤髪の女子生徒は、拒絶するかのように片手を振り下ろした。手のまわりの空間に火がつき、その炎は瞬く間にせとかを包み込む。
「終わらせないっ」
炎のヴェールのなかで、せとかは強気に笑った。だが、風が激しく吹き荒れて、炎のヴェールはすぐに立ち消えてしまう。それはまるで、台風のなかに立つ一本のろうそくのようだった。
久遠 黒希が、手に持った杖をゆっくりと振り上げる。
「ひゃあっ!?」
せとかの態勢が崩れた。足元が浮かび、そのまますうっと全身が持ち上がる。見えない巨人にお姫様抱っこされているようだった。せとかは手を振り、足をばたつかせる。スカートのすそが乱れて、その下の短パンが見えた。
「風嵐のLUMP!?」
せとかが何もできずにいるうちに、その体は校舎を見下ろすような高さまで浮かび上がる。何度か、体の周囲に炎をまとわりつかせて抵抗しているようだったが、すぐに風の力でひっぺがされた。
黒希は、すうっと地面に降り立ち、地面に杖の先をつける。そこを中心にして、光の魔方陣が浮かび上がり、そして消える。
「さすがのせとかさんも、その体勢からでは、撃てませんよね」
あおむけに浮かび上がったせとかを見上げて、黒希はひとりごとのようにつぶやく。
「……っ。やだっ。落とさないでっ!」
自分を支える風嵐のちからが弱まったのを察知して、せとかが悲鳴をあげた。
その体が、重力にひかれて落ちていく。
俺の脳内を、電流のような危機感がかけめぐった。
落ちる。
あの高さから、あおむけの姿勢のままで落ちれば、骨折は免れないだろう。
考えるまえに、俺は動いていた。運動靴が地面を蹴った。
俺は駆け出していた。止めなくてはならない。
「やめろっ!」
叫び、久遠 黒希の肩につかみかかった。
「!?」
久遠 黒希のひとみが見開かれる。その瞬間、頬を熱いものがかすめた。炎だ。
「いちかばちか! くろきんにあてる!」
せとかがノールックで放ったのだ。まずい。そう思ったとき、炎は氷のはしらによってフリーズされた。
「何をやっているんだ!」
怒声が降ってきたほうへ目をやる。校舎の二階にあるベランダで、一人の男子生徒が目を吊り上げていた。
「シールドバトルは闘技場でやれ。見て確認もせずに、魔法を使うなんて、いい度胸だな!」
せとかの体勢が戻り、すとんと足から着地する。男子生徒を見上げると、せとかは肩を縮めた。
「ひええ。ごめんなさい! 悪気はあったしまたやるけど、反省しています!」
(反省してない!)
言葉をなくす俺のとなりで、久遠 黒希がふうっと息を吐く。
「……もういいですか? せとかさん。この勝負は、引き分けということで」
どっちが勝っていたかといえば、間違いなく黒希だ。だが、ここで中断、ということなのだろう。
「えっ? うんっ。くろきんがいいなら、それでいいけど」
せとかが、もともとまるい目をさらにまるくして答えた。
「では、私は失礼します」
黒希の真っ黒なひとみが、俺のすがたをとらえる。彼女は何を言うでもなく、すぐに踵をかえす。

それが、俺と――俺の運命を変えた天才との出会いだった。