中華風ファンタジー短編小説「道を拓く」

(C)ぱくたそ

奴隷として馬車で運ばれていた少女は、外の世界にあこがれ、一歩を踏み出す。




本編

「待ってください! お願いします!」
少女はよろめきながら、足を折って地面に膝をついた。体を支えるように両手をつき、勢いよく頭を下げる。
「私を……連れて行ってください!」
地面に額をつけ、叫ぶような声で少女は懇願した。土がつくことは構わない。身につけた服は、これ以上汚れることができないほど汚れきって、もうただの大きなぼろ布だった。
「お願いします。何でも構わないんです。教えていただければ何でもやります。だからどうか……」
少女の両手は震え、痩せた体を支えることすら精一杯なようだった。
男はそんな少女を一瞥し、いかにも興味なさげに元来た方へ体を向ける。少女はとっさに立ち上がり、おぼつかぬ足取りで五歩ほど進んだ。しかし地面の窪みに足をとられて転んでしまう。けれどそうしてはいられなかった。少女はゆらりと立ち上がる。
「……追いかけなきゃ」
少女は今にも折れそうなほど細い足を動かして歩き始める。後ろから追ってくる視線は、うらやんでいるようでもあった。
「……っ」
少女は石につまずいたわけでもないのにその場でくずおれる。もうほとんど体に力が残っていなかった。だが地面を睨みつけ、精神力を振り絞る。生まれたての鹿のように立ち上がり、一歩、二歩と進んだ。だがすぐに身体が傾ぎ、倒れてしまいそうになってしまう。
ここでへたりこんだら、いずれ役人に捕まるか、それとも動物に食われる方が先か。
そのどちらでもない未来をつかめる可能性があるのならば、最後まで足掻こうと思った。
照りつける太陽がじりじりと地面を焦がしているような気がして、裸足の少女には一歩を踏み出すだけで苦痛だ。
けれど、進まなければならない。
進まなければ、死ぬ。これは確実だ。進んでも死ぬかもしれない。それでも構わない。最後に死ぬ場所を選ぶことができた。
暗い荷台の中よりも、明るい大地の上で死にたいと、そう願ったのだ。
指先が砂を掻くけれど、あとをつけるだけの力さえ、もう残っていなかった。
再び進むべき前へ視線を上げて、少女は息をのんだ。いつの間にか目の前に男がいたのだ。少女は驚いてバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
「何でもやるって言ったね?」
男は冷ややかに微笑んだ。白い上掛けに足元の広がった青袴という少女には見たことのない種類の服装だったから、男の身分や職業をうかがい知ることはできない。ただ、高貴な身分なのかもしれないとは思った。宮殿建設の現場にいた奴隷監督者の誰も、こんなになめらかで色映えした服を着てはいなかったのだ。
「はい! 私、まっとうな仕事が欲しいんです。どうか、雇ってください! ものを作ることは得意ですし、売り子でも何でもやれます。力仕事もできます。これまでずっと、宮殿建設の石運びをしていましたから」
少女は土や垢で汚れた顔をあげ、精一杯の笑顔を作る。近くで見ると、男は思った以上に若かった。十代半ばくらいだろうか? それにしては上背が高く、座っていると男の影にすっぽりと包まれる。相手を見上げながら話すというのは普通より威圧感が増すようだった。
「ふーん。でも僕、こう見えても人助けは大嫌いなんだ。面倒だしね。そうだね、町で職をくださいって同じことをしてごらんよ」
「ご存知ではないのですか……。奴隷には戸籍がないのです。誰かの紹介もなしに、全うな場所では働けません」
「うん。知ってる知ってる」
間髪入れずに男は答える。必死で嘆願する少女をからかっているようでもあった。
「お願いです。町にいたら私は役人に捕らえられてしまうでしょう。どこかに紹介していただけるだけで構わないのです。最低限の生活費以外の給料はお渡しします。きっとご恩は返しますから、どうか連れて行ってください」
「じゃあ、売り飛ばされてくれる?」
男は笑顔のまま、少女の心を凍らせる一言を放った。
「そしたら僕は今日、いつもより少しだけ豪華なご飯を食べられるわけだ」
笑いながら冗談めかして男が言った言葉に、目の前に見えていた光がふつりと途切れたような絶望感を覚えた。
少女は少し離れたところにある馬車をそっと振り返る。
荷台を隠していた布がめくれ、その奥の薄暗い闇から幾多の目がこちらを見つめていた。鼠のように鋭く餓えた眼光に、寒気が走る。馬鹿にしているようであったり、哀れむようであったり、少女に向けられた眼差しは様々だった。もっとも、多様といえど、喜怒哀楽の喜と怒と楽にあたるであろう感情は、すっぽりと抜け落ちているが。
ほんの少し前まで少女も荷台にいて、あの負の感情ばかりを抱く幾多の目の持ち主のひとりだった。
もしも外に出たいという意志を抱いていなければ、今もあの薄暗い場所にいただろう。
宮殿が出来上がってすぐに、奴隷たちは馬車の狭い荷台に詰められた。どこへ行くかも知れぬ旅の途中で急に馬車が止まったのは、つい一刻ほど前のこと。恐る恐る外に出てみれば、御者の姿は見えず、馬車はほの暗い森のど真ん中に置き去りにされてしまっていた。
勇気と気力を振り絞って外に出た少女は、樹の枝に腰掛ける一風変わった男に出くわしたのだった。