学園小説「双子日和」

(C)ぱくたそ

「うそ……」
ひとりの少女がぼんやりとした口調でつぶやいた。吐き出された息は白い煙に変わり、しばらくの間当て所もなく宙をさまよう。
合格発表の日の朝、構内は異様な空気に包まれていた。
時枝学園といえば、知る人ぞ知る全寮制の名門私立だ。大学に初等部から高等部までが付設され、質の高い教育が一貫して行われている。だが高い学力さえあれば誰でも入学できるというわけではなかった。時枝学園に入学するには、ある特殊な条件をパスしなくてはならないのだ。そして、少女――篠原日和はその条件を満たしている。
自分の受験番号を掲示板に見つけられた受験生は歓声を上げていた。対照
的に、残念な結果に終わった受験生は肩を落としてむせび泣く。悲喜こもごもの感情が溢れる中で、日和の反応は他の誰とも違うものだった。
「嘘……だよね」
日和は手のひらの中の受験票をギュッと握りしめる。その表情からうかがえるのは、ただただ純粋な驚きだけだった。
番号は何度も確認したから、決して見間違いなんかではない。信じられないという言葉だけが日和の頭の中に渦巻いていた。同時に「大変なことになった」と思い、軽いパニック状態に陥ってしまっている。
「嘘……」
またも同じ言葉を呟いたとき、後ろで呆れたような声がした。
「嘘じゃねーって。おめでとう、ヒヨ」
振り返れば、見慣れた顔がそこにある。日和は緊張を和らげて、彼――篠原日向に笑いかけた。
「ありがとう、ヒナくん。不思議というより、信じられないよ」
そう、信じられないのひとことだった。
――まさか、自分があの時枝学園の生徒になれるなんて。
もちろん、合格するかもしれないと薄々は感じていた。日和は小学校で一番よくできる生徒の一人だったのだ。入学試験の出来にも自信がある。けれど、いざこうして結果を目の前にしてみると、夢の中の出来事みたいに思えてしまうのだ。心だけが日和のもとを離れてふわふわとこの寒空へ浮かび上がってしまうような、そんな奇妙な錯覚を感じる。
弟の日向は頭の後ろで手を組んで、つまらなそうに言った。
「発表なんて見なくても俺には結果が分かってたけどなー。だいたいさ、俺とヒヨが落ちるわけないっての。楽勝、楽勝」
入学試験前に真っ青な声で「落ちたらどうしよう」とつぶやいていた日向の顔を思い出して、日和は苦笑するしかない。
日向は一見明るくて自信家だけど、本当はとても心臓が小さいのだ。それは、生まれたときから……生まれる前から一緒にいる日和だけが知っていること。
「よし、まあ、今日は赤飯だなっ!」
大きな声を出して笑う日向に、一部の受験生の恨めしい視線が突き刺さった。
「ひ、ヒナくん、帰ろう!」
日和は急いで日向の服の袖を引っ張る。空気を読めないどころか破壊しまくる日向のフォローは、いつも日和の仕事だった。
早く立ち去らないと、日向がいらぬことを言いいらぬ恨みを買ってしまう。そう思って引き返した時、日和はおでこから何かに当たった。
「きゃ……」
立っていた誰かにぶつかってしまったのだ。コートの柔らかい布地は、品のいい匂いがした。
日和がぶつかってしまったのは同じ年くらいの少年だった。紺の制服を学校紹介パンフレットの被写体みたいにきちんと着こなしている。見たところ日和と同じくらいの年齢なのに、背の高いひとだった。優しそうな瞳が印象的だ。襟元で光る金の紋章にはどこか見覚えがある。
「大丈夫?」
「あ……はい。ごめんなさい」
日和はぺこりと頭を下げる。彼は柔らかく笑って、別にいいよと言ってくれた。
「合格したんだね」
「え? あ、はい」
確認するように問われて、日和は少し戸惑った。隣に目をやれば、日向は日向でなぜだか彼を睨んでいる。そのときになってようやく、日和は紋章が何なのか思い出した。桜――それは時枝学園の校章だ。
「なら四月から同級生だね。僕は行待萩。よろしくね、篠原さん」
時枝学園の在校生らしい彼――萩は、堂々とした様子で微笑した。そこらの女の子よりサラサラした質感の黒髪が爽やかに揺れる。
「あ、はい、よろしくお願いします。……?」
違和感を覚えて瞬く日和に笑いかけて、萩はそよ風みたいにその場を去っていった。なんて爽やかで格好いいんだろう、と日和はぼんやり思う。
「あいつ、嫌いだ」
言葉をオブラートに包むということをしない日向は、噛みつくようにしてそう言った。
「どうして? 私、すごく格好いい人だと思うよ」
「だから嫌いなんだよ」
まっすぐな物言いに、日和は思わず苦笑する。
「それに、許せねえ。同じ年のくせに俺よりも背が高いなんて」
「じゃあ、ヒナくんは同じ年の人のほとんど全員が嫌いなんだねえ」
日和に茶化されて日向は言葉に詰まったようだった。
――それにしても、格好よかったな……。
日和はたった今見た萩の笑みを再び脳裏に思い描く。
『僕は行待萩。よろしくね、篠原さん』
日和は瞳をぱちくりさせた。篠原さん。名前を教えた記憶は、ない。