推理サスペンス小説「人狼は誰だ?」

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◆一日目 生存者:八名

「嘘だろう。利紀は来てないのか!」
広間に入って開口一番、俺は思わず声を荒げる。コートを脱ぐのも忘れて、乱暴な動作で荷物を床に落とした。睨むようにして広間を見渡せば、十人ほどの男女が各々好き勝手なことをして過ごしている。
部屋の真ん中には豪勢なソファー、壁際にはレンガで作られた西洋風の暖炉。赤い絨毯は靴越しでも分かるほど柔らかい。中世ヨーロッパの貴族の館に迷い込んでしまったかのようだった。
「利紀? それがあんたを招待したヤツの名か」
一番近くのソファーに座っていた男が声をかけてくる。若い男だ。二十にもなっていないだろう。中肉中背で、髪をハリネズミみたいに立てていた。
「ああ。そうだ。先月、招待の手紙をもらった。利紀とは高校時代からの付き合いだ」
俺は自分の名前を告げて、手袋をしたまま手を伸ばす。男は俺の手を握り、軽く会釈した。
「どうも、僕は狩谷 玲二。大学で分光光度計改良の研究をしている」
「狩谷君か。よろしく。ところで、利紀とはどういう関係で……?」
俺の問いかけに、男――狩谷は含み笑いを漏らした。
「無関係ですね。俺が知る限りでは」
「無関係?」
意味の分からない言葉に、俺は思わず聞き返す。
「どうしてここにいないのかは知らないが、招待主は利紀だろう? 知り合いじゃないなら、君はどうしてここに来たんだ」
「あー、招待されたんです。……西軍くんに」
狩谷は俺の知らない名前を挙げた。西軍、というのは引っ越して行った友人の名だ、とも付け加える。
「どういうことだ……?」
俺は状況をうまく理解できないまま狩谷の顔を見続けた。
「あたしは友達の美菜って子に呼ばれたのよ。親戚の別荘に来ないかって、同じように手紙でね」
狩谷の隣にいた人間が身を乗り出して話に入ってくる。大きな瞳が魅力的な女性だ。長い髪は濃い茶色に染められている。
「話を聞いてみたらね、妙なことに、みぃんな違う人に招待されてここに来ているのよ」
薄い笑いを口元にたたえながら、女性はため息混じりに言った。
夜の雪と風に殴られて、窓がガタガタと小刻みに揺れる。外の窓枠にまで雪が積もっていた。暗いから遠くは見えないが、明日の朝には一面の雪景色が拝めることだろう。
無言になった部屋の中で、暖炉の火だけがにぎやかに燃え盛っている。
この館にいると分からなくなってくるが、ここは正真正銘、平成の日本だ。有人島という名の、日本海に浮かぶ小さな無人島。三時間あれば端から端まで歩けるだろう。面積のほとんどを森に覆われた寂しい島だ。
「嘘だろう……」
やっとのことで俺がそう言うと、女性――小倉 杏子と名乗った――はポケットから何かを無造作に取り出す。テーブルに置かれたその封筒を見て、俺は「あっ」と声を上げた。
「ね? おんなじ封筒でしょ。あなたが来る前にもみんなで見せ合ったのよ」
「そんな……まさか」
「封筒だけでなく印字のフォントも、文面もほとんど変わらない。違う名を名乗っているけど、招待状の差出人はみんな一緒みたいなのよ」
周りを見渡してみれば、広間にいる人間の何人かと目が合う。みんな無言のまま、真剣な瞳で杏子の言うことを肯定していた。
「誰かが利紀になりすましたということか。一体誰が?」
「さあな」
「知らない。あたしが知りたいわ」
狩谷も杏子も即答する。俺は思わずきびすを返しかけた。
「帰らせてもら」
「不可能だろ。外の雪が見えないか?」
「……」
俺はガクリと肩を落とす。外は吹雪だ。そうでなくても、こんな夜に船など出るはずもない。
面倒な状況に追い込まれてしまった。この館で面識のない人たちと一夜を過ごさなくてはならないようだ。人が苦手な俺にとって、これ以上の苦痛は他にない。無意識のうちに、左手が右手をなでていたことに気づいた。
「いい加減、手袋とコートを取ったら?」
「あ、ああ」
杏子に言われて、俺はコートのボタンに指をかける。手袋は外さなかった。
「まあ、明日の朝には船が来るらしいから、それまでせいぜい仲良くやろうじゃないか」
狩谷が声を出して明るく笑う。
広間には合わせて五人の人間がいた。俺を入れれば六人になる。狩谷と莉多の向かい側に座った人は、一心不乱に雑誌のクロスワードを解いていた。
コートを壁に掛けようとした俺がそばを通れば、その人は顔を上げて微笑む。メガネがよく似合う知的な女性だ。
「よろしくね。私は天塚 つぐな。高校生よ」
最近の高校生は大人っぽいな、なんて思いながら、俺は「どうも」と小さく笑い返した。
部屋の奥、暖炉の前にも二人の人間が座っている。
テーブル越しに向かい合って、真ん中の盤へと真剣な眼差しを注いでいた。どうやらチェスの対局中らしい。挨拶した方がいいのか迷っていると、狩谷が親切にも耳打ちしてくれた。
「あっちにいる背の低い奴が伊風 南。その左は……確か北山だったっけ? 話しかけない方がいいぜ。真剣勝負みたいだから」
「ああ、わかった。ありがとう」
広間にいるのはそれで全員だった。狩谷 玲二に小倉 杏子、天塚 つぐな、そして伊風 南と北山 涼。俺は全員の名を覚えようと努めた。
見たところみんな若い。年齢を平均したら三十歳を越えないだろう。
「この館に……この島にいるのは六人だけか?」
狩谷は首を横に振って俺の質問に答えた。
「いいや、厨房にあと二人いるぜ。ジャンケンに負けて、晩飯の用意をしてる」
「へえ。そいつはありがたいな。お腹が減っていたんだ」
そういえば、部屋の奥の扉からおいしそうな匂いが微かに漂ってきている。豚の肉じゃがに、トマトサラダ。ドレッシングはゴマだろうか。ご飯の上には明太子が載っているようだと匂いから判断する。暖かい食事を想像して、ぐう、とお腹が鳴ってしまった。
「ちなみに当番制だからね。明日の朝か昼、どっちの係がいい?」
杏子に訊かれて、俺は思わず頭をかく。家事なんてマトモにやったことがないのだ。
「料理しないと駄目なのか。俺、そういうのトコトン苦手なんだけどな」
ふと、暖炉の上にある物騒なものに目が留まる。黒々として独特の光沢を放つそれは、細身の猟銃だった。単なる装飾品にしてはやけにリアルだから、恐らく本物だ。森で野生動物に出くわした時、身を守るための物なのだろう。
「お待たせー。やっとできたよ」
部屋の奥の扉が開き、匂いと共に呑気な声が入ってきた。茶が載ったお盆を運んできた人間は、天塚 つぐなと同じくらいの歳の女性だ。
俺と目が合うと不思議そうに小首を傾げる。短い黒髪が肩の上で元気に跳ねた。
「俺は遅れて来たんだ。よろしく」
俺は一応、挨拶しておくことにする。お盆を運んできた人間は、へらりと愛想笑いを浮かべて応じた。
「あ、うん、よろしくー。私の名前は立花 かりん。そっちは?」
俺が名を告げると、立花は何度か俺の名を復唱する。人の名を覚えるのが苦手みたいだ。
狩谷がお盆の上のカップを一つ取り、口をつける。杏子は呆れた様子でため息を吐いた。
「ずいぶん遅かったわね。やっぱり料理係が二人じゃ厳しかったんじゃないの?」
「ごめんなさい、私、料理苦手で……ほとんどやってもらっちゃったから、初川さんに」
立花は申し訳なさそうな表情を浮かべる。初川、というのがもう一人の料理係なのだろう。
「そう? 明日は四人くらいにした方がいいのじゃないかしら」
「大丈夫です。厨房は狭いし、四人も入ると動きにくいかも」
「ああ、確かにね。カップ麺とかあれば楽なのにー。明日にでも裏の倉庫を探してみる?」
杏子は友達が多いタイプらしく、狩谷とも立花とも割に打ち解けた様子だった。俺も紅茶をいただくことにする。ふと見れば、狩谷が暗い表情でうつむいていた。
「どうかしたか、狩谷」
「いや、大したことじゃないんだが、携帯電話が繋がらないんだ」
狩谷はストラップを持って携帯電話をぶらぶらさせる。
「雪が止めば繋がるのだろうか?」
俺が素直な問いを口にすれば、狩谷は諦めた風に肩をすくめた。
「もともと無理なんじゃないかな、この孤島じゃあ。まあ、別に今日も明日も用はないから構わないんだけどな」
狩谷につられて俺も窓の外に目をやる。降りしきる雪は激しさを増しているようだった。
「止まないね、雪」
立花が小さな声で心細げにつぶやく。
このまま降り続ければ、館ごと俺たちは雪に埋もれてしまうのではないか……そんな下らない想像が頭に浮かんだ。
扉が開く音に、俺の意識は部屋の中へと引き戻される。
「うわー、すげー! おいしそうー!」
「あんた、料理のプロ?」
その場にいるみんながみんな、顔を綻ばせて歓声をあげた。
「はいはい。みんなお喋りしてないで、厨房から食器と飲み物を取ってくる!」
大きな皿を手に部屋へ入ってきた人間は、穏やかに微笑んでテキパキと指示を出す。白磁の頬を縁取って流れる黒髪は、絹のように艶やかだ。まっすぐな瞳には真面目さがにじみ出ている。白い首筋が瞳に焼き付いた。道を歩けば十人中四人は振り返るくらいに綺麗な人だ。
「初川 仁美です。以後お見知り置きを」
俺の視線に気づいたのか、彼女――初川は淡々と自己紹介してくれた。意志の強そうな話し方だと思う。
広間の面々は否応なく指示に従った。立花は慌てた様子で厨房へバタバタと駆け出し、杏子と狩谷もゆっくりとそれに続く。天塚はクロスワードを解くのを止めて鉛筆をテーブルに置いた。伊風と北山もチェス盤を放置して立ち上がり、扉の向こうへ消えていく。
テーブルの上の料理は、お腹が減っているせいか最高に美味しそうに見えた。なるほど、この量を一人か二人で作るとなると時間がかかっても仕方ない。
手を洗いに行こうとしたら、初川に呼び止められた。
「あの……」
初川は何かを言いかけて口をつぐむ。それから覚悟を決めたかのように前を見据えた。
「……あなたは、人狼って、知っていますか?」
人が減った広間の空気は、嫌に寒く感じる。
「人狼って、人になりすました狼ってやつか? それがどうかしたか」
ジンロウという単語くらいは聞いたことがあった。
――血と闇を好む残虐な獣。人に姿を変えることのできる、気高きワーウルフ。
どこで聞いたのかは、どうしても思い出せない。
「有人島の言い伝えなんですよ? 夜の闇に乗じて人を喰らう狼が、森の中に息を潜めている……って。あくまでも言い伝えに過ぎませんけれど」
初川は少しだけ目を細めた。窓の外よりも暗い色の瞳に、吸い込まれそうな錯覚を感じる。
「でも、それが、何だというんだ?」
早まる鼓動に動揺しながら俺は尋ねた。初川は口元に手をやり上品な微笑を浮かべる。
「昔聞いた話を思い出しただけです。何でもないですわ。……忘れてくださって結構です」
そのとき数人が戻ってきて、部屋は一気に騒がしくなった。皆が待ち焦がれた食事が始まる。
俺はあまり食べられずにいた。初川と立花が作った晩ご飯は文句なしに美味しい。けれど、初川の言葉が頭の中をぐるぐる回って離れなかった。