学園青春小説「北風と、練炭ストーブ。」

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九月上旬

「大平会長、後夜祭の出し物の件で少々ご相談が」
「瀬崎君、イベントの領収書のことでお聞きしたいことが」
「乃木君、うちのクラスの企画なんだけど……」
「相内さん、結婚を前提にお付き合いしてください」

生徒会室は、いつもの八割増し騒々しかった。
二週間後に迫った学園祭の用意が、いよいよ始まったかららしい。なんだか関係ない呼び出しも混ざっていた気がするが。
来客が訪れては、生徒会役員を引っ張って連れていく。その繰り返しで、とうとう残されたのは二人だけになってしまった。
「あぢーっ。クーラーの温度下がらねぇのかよ」
風紀委員長、河西飛鳥は下敷きをファン代わりにパタパタさせながら悪態をつく。
手狭な生徒会室の中は、結構な蒸し暑さだった。もう九月だというのに、秋の気配はろくに感じられない。窓の外を眺めていたら、永遠に夏が続きそうなアオゾラが広がっていて、ぞっとした。
「もう制限ぎりぎりの二十六度に設定してるよ?」
生徒会室に残ったもう一人、書記の川上ありすはわざわざ立って、ドア脇にあるリモコンを確認してくれる。世話好きだな、おい、と飛鳥は頭の中で突っ込みを入れた。
「二十六度? ざけんなよ。あたしが快適に過ごせる温度は二十二度以下だっつーの、暑苦しい」
「駄目だよ、規則を作る生徒会が規則に違反してどうするの? というかさ、そんなに暑いなら、髪もスカートも切っちゃえばいいじゃん」
ありすの指摘はどう考えても正論だった。
河西飛鳥は、風紀委員長。
河西飛鳥は、風紀委員長。
大事なことなので二回言いましたよ。
――だが、飛鳥の外見を見ただけで風紀委員長だと分かる人間がいたら、それは占い師かエスパーに違いない。なぜならば、河西飛鳥という女子生徒は、およそ風紀という言葉からはほど遠い場所にいるからだ。
頭の高いところで結われた、まっすぐの黒髪。きつい性格を体現したような釣り目。そこまではまだ普通。しかし制服の着こなしが常軌を逸していた。
学校指定のスカーフはキイロだが、彼女のそれはどこから調達したのか、真っ赤。頭にはスカーフと同じ色の鉢巻き。スカートは膝丈を遠く通り越して、足首の上までの長さがある。足は組まれて、机の上へ。×印のついたマスクを常備しているが、今は暑さのためカバンの中に突っ込んである。
気弱な生徒が生徒会室を用事のため訪れたならば、飛鳥の視線に刺された瞬間、涙目で「すみません間違えました許してください」と言ってゼロコンマ一秒のうちに扉を閉めてしまうだろう。
いうなれば、河西飛鳥の格好は、二、三十年前の不良そのものだった。時代遅れとかもうそんな次元じゃない。断じてない。
風紀委員長であるはずだが、一番風紀を乱しているのは、むしろ彼女ではないだろうか? ……本人に面と向かってそれを指摘する人間がいれば、三十秒後には暴行事件が一丁出来上がってしまうだろうが。
「お人よしだな、おたく。しかし、誰もいなくなったよな、ものっそ見事に」
「当たり前だよ。忙しいんだもん。もうじき学園祭だから、もっと忙しくなるわよ」
「あー、そりゃー大変だなー」
「――って、他人事じゃないからね? まったくもう……」
あすかがふうとかわいらしくため息をついた時、生徒会室の扉が控えめにノックされた。
「失礼します。あの、川上さん、2-Cの出し物のことで会議があるんだけど」
「分かった、今行く! ……じゃあね、河西さん」
クラスメートらしい女子生徒に呼ばれて、ありすはリュックを背負い席を立った。挨拶には答えずに、飛鳥はそっぽを向いてふんと鼻をならす。
扉が閉められて足音が遠ざかっていくと、生徒会室の中は静かになった。遠くの方で、笑い声が聞こえる。周りが騒々しい分、自分だけ壁で切り離されたような錯覚を感じる。
「……学園祭、ねえ」
誰も聞くもののない部屋で、飛鳥は一人つぶやく。
生徒会の自分以外のメンバーは、他の生徒たちからの人望が厚い。これから学園祭が近づくにつれて、生徒会室に集まることは、生徒会企画の会議以外にはめったになくなるのだろう。それでも、飛鳥が他の生徒から呼ばれることはない。ありえない。
格好のせいか性格のせいか、多分両方だろうが、飛鳥は周りからは遠巻きにされていた。こうしている間も、所属している2-Eの教室では、イベントの準備が飛鳥抜きで行われているんだろう。
「……何がそんなに楽しいんだか」
噛んでいたフーセンガムを膨らませる。
「あの」
扉の方から声が聞こえたのは、そのときだった。億劫に思いながら目をやると、地味な生徒がこちらを見て恐る恐るといった風に話しかけてくる。
「河西飛鳥さんですよね。生徒会の、風紀委員長の」
これには頷いておいた。
地味な生徒は言葉を捜している様子で、生徒会室の中に視線をさまよわせる。飛鳥は他の生徒会メンバーを探しているのだと察して、首を横に振った。どうせ飛鳥しかいないと分かれば、帰っていくのだろう。すると、地味な生徒は、いえ、と否定する。
「あ、あなたに、用があるんです。一緒に急いで来ていただけませんか? 河西飛鳥さん」
晴天の霹靂。
膨らみかけていたフーセンが、一瞬にしてはじけてしまった。