学園ファンタジー小説「ちっぽけな神さまのうた」

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「うわ、最悪ー。朝からなんかこの教室、臭いんですけど!」
一人の女子生徒が甲高い声を上げた。くすくす、くすくすと嫌な笑いが教室のあちこちにわき上がる。
「臭い臭い」
「まじ、死んでほしいよね」
「あはは、それは言い過ぎー」
歯をむき出しにして笑う彼女たちの視線の先には、一人の女子生徒がいた。肩の上で切り揃えられた黒髪に、青い縁の眼鏡。もともと小柄だが、肩をすぼめうつむきがちに歩いているせいでさらに小さく見える。
「臭いのよ。なんであんた学校に来てるの?」
「ちょっと、聞こえてるの? あんたのことよ」
数名の女子生徒が、彼女を遠巻きにして罵詈雑言を投げつけ始めた。
周りには面白半分に囃し立てる者、かわいそうにと同情の眼差しを向ける者、不快そうに眉を寄せる者と様々だ。けれど誰も表立って彼女をかばうことなどできはしない。
「……っ」
自分の席にたどり着くと、彼女はおろした鞄を抱きしめるようにして机に突っ伏した。心ない言葉を投げつけられても、すべて聞こえないふりをするつもりらしい。石のように強張って動かない体は、よくよく見れば微かに震えていた。
「どうしよう」
私――物川 詩は教室の隅っこの席でその光景を眺めて、小さなつぶやきをこぼす。
彼女に対するいじめが始まったのは、ほんの一週間ほど前のことだ。もともと、このクラスの女子はいくつかのグループに分かれていて、違うグループの子とは口もきかない冷めた状態だった。それが一人をハブるという名目で団結し始めたのが一ヶ月前のこと。ハブる対象の一人は何度か変わっている。ある日突然、何の予兆もなく。だから彼女をかばえばきっと次は自分の番なのに違いなかった。
『どうしようって、簡単だろ。放っておけばいいんだよ』
左耳から入ったささやくような声が、頭の中にこだまする。
私はそちらの方へは視線をやらずに、うーんと考え込んだ。
『何を考えてんだ? おい、馬鹿、聞こえているんだろう? 返事しろよ。何を考えているんだ?』
「……どうすればあの子を助けられるのだろうって」
頭の中へと直接響いてくるような声に、私は誰にも聞こえないような小声で応える。
『やっぱり馬鹿だな、お前は』
「馬鹿じゃないよぉ」
『いいや、馬鹿だ。だって、助けようとすれば詩、お前がああなることは目に見えているだろうが?』
それは、そうだろう。自慢じゃないが私は、鈍感でトロい。運動音痴な上に成績は普通。容姿だってお世辞にも美人とは言えない。これまでターゲットにならなかったのが不思議なくらい、私には何もないのだ。
『安心しろ。詩の馬鹿真面目さと馬鹿みたいにお人好しなところだけは誰にも負けちゃいねえ』
「だから馬鹿じゃないってば」
先生が入ってきたとたんに教室はしんと静まりかえった。私は頬杖をついて窓の外を見上げる。窓枠をこえて広がる空は、氷のように冷たい色をしていた。
『馬鹿じゃないならわかるだろう? 詩が関わりあいになっても何の得もないってことが』
「じゃあやっぱり私は馬鹿なんだね」
『は?』
「だって、彼女を助けて、ありがとうって言ってもらえたら、私はきっと嬉しいよ。それって私にとって得だと、そう思うんだよ?」
ホームルームが終わり一気にざわめいた教室。私はよくしまりがないと言われる笑顔を浮かべて席を立つ。
「だから、私は私なりに頑張ってみるから、瓶君はそこで見ててね」

教室の窓際に無造作に置かれた瓶は、いささか呆れたような様子でつぶやいた。

『……面倒くせぇな、人間って』