近未来学園ファンタジー小説「超能力学園物語」

(C)ジュエルセイバーFREE

この世の人間は2種類に分けることができる。TK(念力能力者)とESP(超感覚的知覚保有者)だ。でも、俺はどちらにも属さない。生まれながらの無能力者だ。

そんな俺が高校で出会ったクラスメートは、とんでもなく迷惑な能力の持ち主だった。




本編

「た、助けて……」

俺は今、今日から通い始めた高校の屋上――――の淵に、右手一本でぶら下がっている。自分の体重を支えるだけで精一杯だ。もうそろそろ限界。汗ばむ指が、コンクリートの上を滑る。

思えば、俺の人生は苦難ばかりだった。挫折、挫折、挫折。まず、幼稚園の入学試験に落ちまくり。なんとか学校に入りたいという俺と両親の努力が実ったのは、二年後。結局、小学校からの周りより遅い学校デビューとなった。しかし小学校、中学校と、成績は最下位。スコアは常にゼロ。苦労して苦労して、ようやく入った高校でも、受け入れクラスがなかなか決まらない。

挙げ句、高校入学初日、不良に囲まれていた女の子を助けようとして、当然のごとく返り討ちに遭った。

(短く、そして苦難に満ちた人生だったな)

体を支えていた指の力が限界を迎えて、俺の身体は屋上から呆気なく落下する。

(バイバイ、現世! ごめんな、父ちゃん、母ちゃん! こんな駄目息子で。……まあ、できれば普通の人間に生んで欲しかったけど! 次に生まれ変わるときは、できれば普通に! 並みの能力でいいから、ちゃんとした能力を持って生まれたいぜ。っていうかそれ、人間としての最低条件だしな。できれば運動神経も欲しいよな。あ、あとどうせ生まれるならこんなフツメンじゃなくてイケメンなら、なおよし――って、あれ?)

長い。落下時間が長すぎる。校舎は五階建てで、高さはせいぜい二十メートル弱のはずだ。

俺は恐る恐る、目を開けて状況を確認してみる。

(あ……)

俺の身体は、浮いていた。文字通り、見えない能力で屋上よりさらに高い空気中に浮遊している。

屋上にいる不良たち――その真ん中で囲まれている女の子と目があった。背は低く、中学生くらいに見える。目があった瞬間、女の子は顔をりんごみたいに真っ赤にして顔を背けた。その瞬間、俺を支えていた浮力が消える。

「え? ちょ、うわああ」

再び落下しそうになり、慌てて腕を伸ばしてフェンスをつかむことに成功した。

(TK……あの女の子の?)

「なんだ、TKか」

「ふーん」

フェンスにすがりつく情けない自分の姿と奴らの淡白な反応に、怖さや怒りを越えて、悲しくなってくる。

(俺はビビる浮遊力も、奴らにしてみればたいしたことないわけだ。結局、俺はどこへ行っても無能の爪弾き者か……でも)

「まあ、あんな弱小能力者は放っておいて、遊ぼうぜ、彼女~」

女の子は恐怖のせいか何も言えずにうつむいているが、遠くからでも涙目になっているのがわかった。

(でも、いくら無能でも、こんなとこで女の子を放っておけるほど落ちぶれちゃいねーんだよ!)

フェンスを乗り越えて両足をつくと、俺は不良に向かい疾走する。

「うおおおお!」

無能に取れる唯一無二の作戦。まあ、作戦と称していいのかは謎だが。

不良どもはぎょっとした顔になる。そりゃそうだろう。まさか無策に突入するとも思わないはずだ。何らかの能力を使ってくる――そう身構えた奴らの間に手を伸ばし、女の子の腕をつかもうとする。

「……っ」

女の子はびくりと怯えて身を引いた。そうしてできた空間に手をつき出す。――と。

「!?」

指の先に柔らかいようで固い中途半端な感触。

(な……っ)

上から一人の男が降ってきたのだ。そしてタイミングよく、俺の手がそいつの首にチョップ。

「がっ……」

嫌な音をあげてそいつはそのまま地面にくずおれる。

「え? ……え?」

何があったかまったくもって理解できず、頭の中は疑問符で埋め尽くされた。

女の子が脱兎のごとく駆け出すので、俺は慌てて男をまたぎ、彼女を追いかける。

「待って! 君、だいじょ……」

階段を降りたところで追いつき、腕を引こうとした瞬間、彼女は振り返った。ふわりと髪が空気を含んで膨らみ、俺の指先がわずかに触れる。

「さ、触らな」

彼女の泣きそうな声は、最後まで聞き取ることができなかった。なぜなら、彼女の姿が一瞬にして消えてしまったからだ。廊下に一人残された俺は、途方に暮れるばかりだった。

(瞬間移動か……)

先ほど俺を浮かせたのは、十中八九、彼女だ。不良どもは俺自身だと思ったみたいだが。つまりあの女の子はTK。だったら瞬間移動が使えるのも当たり前だ。

(でも、なんで逃げるかな)

先ほど手を伸ばした時といい、恐がられているように思う。一応、不良に絡まれているところを助けたのだから、一言くらいあってもいいだろうに。

(まあ仕方ないか。あの子、どこのクラスだろうか。ってかさっきの男、大丈夫か? あれはおもいっきり痛いぞ。まさか死んでない……よな?)

そういえば屋上から不良が追いかけてこない。そして、なんだか騒がしい気がする。まさかさっきの男が死んでるんじゃないかと不安に思っていたら、誰かの叫び声が聞こえた。うおおお、という、地を這い崖にしがみつくようなみっともない声だ。

そして数秒後、一人の女子生徒と一人の男子生徒が階段をかけ降りてこちらへ走ってくる。女子生徒と目が合った瞬間、身体を電流のようなものが走り抜けた。

(へ?)

「待って! 君、だいじょ……」

俺に気づいていない様子の男子生徒が、女子生徒に手を伸ばす。女子生徒は素早く振り返った。

「さ、触らないでください!」

女子生徒が言うのと同時に、男子生徒の姿が忽然と消滅する。そのたった二秒ほどの出来事は、俺の人生において最大級の衝撃だった。足から力が抜けて、へなへなとその場にへたりこむ。

(今の……俺!?)

消滅した男子生徒は、俺だった。俺が言うんだから間違いない。見間違えるはずもない。他人の空似でもあり得ない。あれは、そう――数十秒前の俺だ。

「ごめんね。言うのが遅かったみたい」

女の子は消えた俺ではなく、いまここにいる俺に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。ややこしいが、消えた俺といまいる俺が同一人物だと理解しているらしい。

「どういうことだ? 今のって……」

前に俺がいて、そして後ろにいた俺が突如消える。そんな異常事態でも、女の子は特にパニックを起こしていなかった。おそらく、これは彼女の能力によって引き起こされた事態なんだろう。

「私の能力のひとつ……時間移動です」

やっぱり彼女の能力だった。しかし瞬間移動はよく聞くが、時間移動とは珍しい。

「ご、ごめんなさい。私、男のひと、苦手で……触れられると、無意識のうちに相手を過去に飛ばしてしまうみたいなの」

なんて迷惑な能力だ。

「ちょっと触れただけだから、数十秒の移動で済んだみたい。良かったあ」

「本当にな」

ちょっと触れただけじゃなかったらどうなるのか、考えるだに恐ろしい。

「あ、あの、あなた、クラスは?」

女の子がためらいがちに尋ねてきた。男嫌いは本当らしく常に涙目だ。

「決まってない」

「はい……?」

わからないんだと言えば、女の子は目を円くする。

「この世には二種類の人間がいるだろ?」

「え、あ、うん」

彼女は「何を唐突に」と驚いた顔をしながらも、素直にうなずいて聞いてくれる。

この世に存在する二種類の人間。それは、TKとESPだ。念力、浮遊力、瞬間移動などの、物を意思の通りに動かす能力がTK(念力)。透視、予知、テレパシーといった特殊な方法で情報を得る能力がESP(超感覚的知覚)。人は皆、生まれたときからどちらかの能力を持っていて、常にどちらかに分類される。

「俺はそのどちらにも属さないんだ」

「えっ……!」

女の子は絶句した。

そりゃそうだろう。俺は自嘲気味に笑いをもらす。病気か突然変異か――俺は生まれてこのかた能力を使えたことがなかった。人と動物の違いは、言葉と能力を使えるか否かだとよく言われる。それならば、俺は人以下の不良品ということになる。実際、これまでずっとそういう扱いを受けてきた。

「な、なんでそんな重要なことを私に?」

「どうせすぐわかることだから」

どんな学校でも能力訓練や能力測定はあるため、無能だということを隠しても無駄だから隠してない。――広めたくもないけど。

「……そっか」

女の子は神妙な顔でうなずいた。そして俺の左手を両手でぎゅっと握り笑顔で言う。一瞬、ギクッとしたが、なぜか過去に飛ばされることはなかった。知らない男に触れると能力が発動してしまうが、友人なら大丈夫ということだろうか。

「私は時条くるみ。助けてくれてありがとう。同じ新入生だよね? よろしくね」

「あ、ああ、よろしく。俺は利木はじめだ」

「クラス、一緒だといいね。先生に一緒に聞きに行こうよ」

先ほどまで怯えて涙目になっていたのとはうって変わって明るく人懐こい笑顔に、思わずどきっとする。色々あったけれど、悪くない高校生活のスタートだと思えた。

「クラス? ああ、確認してやるからちょっとこっち来い」

職員室で若い男性教師はパラパラと冊子をめくり、俺に手招きする。俺が近寄ると、教師――もとい俺の兄貴は、ニヤニヤ笑いながら小声で言った。

「新学期そうそう、可愛い子つかまえたなあ」

「黙れよ」

「しかもあの子、俺が副担やってるクラスの子だぜ。時条胡桃。冴島中学校出身で身長は154。体重は」

「ほんとに黙れ!」

女の子のプロフィールが分かるのは、別に兄貴がストーカーだからではない。兄貴がESP(超感覚的知覚保持者)だからだ。兄弟ながら兄貴は能力も成績も優秀で、教師としての評判も上々らしい。それに引き換え俺はといえば、突然変異で生まれた無能力者。コンプレックスなんてものを持つのもおこがましいくらいに、何もかもが違いすぎる。

「ちなみに能力は、四級の念動力と五級の透視と」

「やめろ! 俺の前で能力の話はやめてくれ。へこむから」

まずいことが読まれそうなので、慌てて釘を刺した。しかし、個人情報保護法とやらはどこへいったんだ、まったく。

「個人情報? ああ、百年くらい前に制定された化石みたいな法律か」

「お願いします、もう読まないでください」

強力なESPを持っているひととの会話は、いつもこんな感じになる。兄貴は急に声を上げて、待っている胡桃に言った。

「おーい、こいつも1-Aだったぞー」

兄貴の持つ名簿の1-Aの最後尾に、俺の名前が浮かび上がった。

「ほ、本当ですか」

胡桃は嬉しそうにパアッと顔を輝かせた。

「お、おい、兄貴」

「なんだ。TK(念力保持者)クラスは不満か?」

「そういうことじゃなくて……」

俺のクラスはこれまで大概、ESP(超感覚的知覚保持者)クラスだった。生徒や物が四六時中浮いたり飛んだりしているTK(念力保持者)クラスにいるよりは、黙っていれば無能力だとバレないESP(超感覚的知覚保持者)クラスの方がいいだろうという配慮からだ。本当のことをいえば、どのクラスも無能力者なんて受け入れたくはなかったのだと思うが。

「怒られないのか? 勝手にクラス変えるなんて」

「大丈夫、大丈夫、後でちゃんと改ざんしておくから」

「……適当だな」

「これは貸しだ。いいな?」

小声でそう言われる。言いたいことはいっぱいあったが、まあいいやで済ましておくことにした。兄貴のことは大丈夫だろう。担任するクラスに厄介な無能力者を引き受けるんだ。感謝されこそすれ、怒られるようなことはないだろう。

「ちなみにAからCがTK(念力能力者)クラス、DからEがESP(超感覚的知覚保持者)クラスだ」

「あ、ああ」

TKのみ、もしくはESPのみの学校も沢山ある中で、うちみたいにどちらでも入れる学校は「共学」と呼ばれる。それでも、クラスはTKとESPに別れているのが当たり前だ。俺のような異端児は、学校としても扱いづらいだろう。

(ま、クラスがどこでも、とりあえず席があればいいやな……)

席に座り、一息つく。周りの奴らは入学初日ということでテンションが高いが、俺はあまり多くは期待していなかった。問題は、いじめられず、地味な学園生活を送れれるかどうかだ。

「よっ! よろしくな!」

前の席の奴が馴れ馴れしく話しかけてくる。俺は曖昧に微笑み返した。

「俺は西中出身の青森青葉だ。能力は三級の念動力と四級の瞬間移動」

青葉の手のひらの上で、消しゴムと鉛筆がくるくると踊る。

「お前は?」

「梨木はじめ」

能力は聞かれたくなくて、不機嫌な顔でぶっきらぼうに答えた。

(……TKのクラスに来て、正解だったかもな)

ESPの奴らは、心の声を聞いたり、記憶を覗いたりするから苦手だ。自分もESPを持っていれば対等なのだろうが――自分の考えだけが相手に筒ぬけなんてアンフェアだ。

「無愛想だなー。あ! 眠いのか? 奇遇だな、俺もだよ」

偏見かもしれないが、TKの人間は単純でバカっぽい奴が多いような気がする。

「お前、どこの中学出身?」

「西中」

「ふーん。って、え? いたっけ?」

「いたよ、一応」

「ご、ごめんな!」

目立たないように、目立たないようにと生活してきた俺が全面的に悪いので、なんだかいたたまれない気持ちになる。

「いやいや、出身中学の人数が多いと、こういうことはたまにあるから」

「お、おう……あ、あの子、一人みたいだし、声をかけてみねえ?」

気まずくなり、青葉は話題を無理やり変えると瞬間移動した。あの子――といって指差されたのは、向かいの席に座る胡桃だった。ぽつんと座る小さな背中に、瞬間移動した青葉の手が触れる。

「なあな、君……」

胡桃が振り返り、状況を認識するのと同時に、青葉は忽然と姿を消した。だがTKの中でなら瞬間移動はメジャーな能力。クラスメートが消えても誰も気に止めていない。

「あの、ごめんなさい……っ!」

胡桃は泣きそうな顔で謝った。

「いや、俺に謝られても。あいつが戻ってきたら謝りな」

「うん」

青葉が帰ってくるまで暇だなと思い、俺は胡桃の前の奴の椅子に横向きで座る。

「というかいつ戻ってくるかわかるのか?」

「わからない。でもあんまり触れた面積も多くないから、遠い過去にいってない」

そういえば今日は屋上での一件以外に目立った騒ぎもなく平和だったなと思い出して安堵する。しかし胡桃の次の言葉で、思わずひっくり返りそうになった。

「……といいな」

「願望かよ!」

思わず突っ込むと、胡桃はかわいらしく微笑んだ。

「あ、あはは」

「あははじゃねえよ。因果律を変えかねない能力は、確か御法で禁じられているはずだろう」

そう。過去を書き換える恐れのある能力は、政府に届け出なくてはならない。乱用は犯罪だ。胡桃のほど強い能力なら、政府の監視下に置かれてもおかしくないくらいだ。

「……うん。ねえ、お願い、私の能力のことは内緒にしてほしいの」

胡桃はそう言って、胸の前で両手を合わせた。

「私はごくごく平凡なTK(念力能力者)。念動力、浮遊力。使えるのはそれだけ。そういうことにしてきたの」

「してきた? 届け出は?」

「え……えへへ」

笑ってごまかそうとしているが、ごまかされていいものか。

「信じられないな。中学でもバレなかったのか」

「うん。なんとかね。知ってるのは数人だけ。友成君も、お願いだから、黙っててほしいの」

「……うーん」

クラスメートとしてなら、そりゃあ黙っているのが優しさだろう。だが、人としてなら、通報するのが正解だ。時に干渉する能力など危険極まりない。しかも触れただけで発動ときたものだ。

俺が黙って悩んでいると、胡桃は説得の言葉を次いだ。ここで仮に泣き落としとか、感情に訴える方向で来られていても、俺は落ちたかもしれない。しかし胡桃が取った行動はそのどちらでもなかった。ただ凛とした態度で、堂々と言った。

「お願い。私、自分で選んだこの学校で高校生活を送りたいの! 高位能力者の学校に行きたくもないし、政府の研究機関送りなんかまっぴらごめん。私はただ、普通の高校生として、普通の高校で、普通の学生生活を送りたいだけ」

「……なるほど」

こんなささやかな願いをぶっ潰せるほど俺は非道じゃない。

「わかった。黙っているよ」

「ほんとに!」

俺がうなずくと、胡桃は表情を輝かせた。そして手を伸ばし、俺の右手を両手で包み込む。一瞬ぎょっとしたが、過去には飛ばされない。胡桃が自分から触る分には大丈夫ということだろうか。

「ありがとう! 嬉しい! 代わりに私も、友成君の秘密を黙っていてあげるね」

「は?」

「『二種類のどちらにも属さない』こと。隠してないって言ったけど、やっぱり、知られたくはないでしょう? デリケートな問題なんだし」

「あ、ああ。そうしてくれると助かるよ」

こうして俺たちは、互いしか知らない秘密を共有することになった。色々あったけど、明日から毎日学校に来るのが楽しみになりそうだ。

(……でも、なんか忘れてるような?)

哀れな青葉が過去旅行から戻ってきたのは、結局、その日の深夜になってからだったそうな。首チョップがどうのこうの言っていたので、心のなかで手を合わせておいた。