SFホラー短編小説「他人トリッパー」

(C)ぱくたそ

俺は死んだ。ぷつりと、唐突に意識がとぎれた。

そして目覚めたとき、知らない『誰か』になっていた。

他人の人生を乗っ取る人生。そんな、ちょっとこわいお話。




本編

他人様に迷惑をかけるな。
そう教えられたのは、いつのことだっただろう?
遠い昔の記憶は遠く、それがどの時期に起こったことなのかさえわからない。ただひとつわかるのは、俺がここに存在すること。そして、存在しているだけで、他人様に迷惑をかけていること。それだけだ。

朝がきた。なんのへんてつもない朝だ。俺はベッドの上で寝返りを打った。体がやけに軽い感じがする。質量の問題ではなく、動きやすいという意味での軽さだ。先ほどまで、俺の体はもっとずっと重たかった。長らく油をさしていない機械みたいに、動くたびに軋むような気がした。
ーー末期ガンだった。意識すらももうろうとして、ただ終わりを待つだけの時間だった。四十六歳から、七十九才までの、短い人生。
(夢、か?)
俺は布団の中から右手を出して、シワひとつない手のひらを見つめる。
七十九才。末期ガン。この記憶は、夢なのだろうか。夢だとしたら幸いだ。だが、あの感覚は夢にしてはあまりにもリアルだった。病院独特のにおいも、看護師の顔も、死の気配も、蝕まれていく傷みも、鮮明に思い出せる。長くつらい闘病生活の果てで、ふっと意識が潰えてーー俺は今、ここに存在している。ここは、病室ではなく、一般家庭の部屋のようだった。起き上がり、部屋を見渡す。六畳半ほどの狭い部屋だ。机と椅子、ベッド、姿見の他に家具はない。だがどことなく雑然としていた。壁際にはハンガーがあり、学ランがかけてある。俺はベッドを降り、姿見の前に立った。若い青年が目の前に現れる。短い黒髪に、少し日焼けした肌。引き締まって健康的な体を、チェック柄のパジャマが包んでいる。俺はそんな、どこにでもいる青年のようだった。ほんの昨日、眠りにつくまでは、末期ガン患者の老人だったというのに。
俺は足元に学生カバンが置いてあることに気づいた。財布を探しあて、中を拝見する。見つけた学生証には、鏡の中の青年の顔写真。その優しげな笑顔の横に、「皆川 優樹」という名前が書いてあった。
みなかわ ゆうき。
それが、この俺の名前らしい。
「皆川 優樹、皆川 優樹」
初めて見た名前を、呪文のようにつぶやくことで頭に刻みつけた。
俺は、今日から、皆川 優樹。公立の高校に通う、十七歳の男子高校生だ。
「優樹ーっ。まだ寝てるのーっ?」
階下から女性の声がきこえた。食器がぶつかるわずかな音もする。俺は、漁っていた皆川優樹の机の引き出しをしまった。
「今、起きるー」
口調がわからないが、寝起きのような声を出す。もうこれで、他人として起きる朝は何度目だろうか。何度も経験するうちに、段々この演技にも慣れてきた。
「早くしなさいよ!」
わかった、と返す。思ったよりも、ずいぶんと大きな声になってしまった。この身体の動かしかたの感覚を、少しずつ覚えていかなくてはいけない。
輪廻転生。死んだ生き物が別の生き物として生まれ変わるという考え方だ。
俺に起こっていることは、その輪廻転生とも少し違った。何せ、すべての記憶が引き継がれるのだ。前の人生も、その前もその前も。そして、生まれて死んでを繰り返すのではなく、俺の人生はいつも決まって途中から始まる。死んだーーと思ったら俺は目を覚ます。どこか別の、知らない人間として。周りは俺のことを知っている。だが俺には、なにもわからない。何せ、ほんの少し前まで他の人間として生きていたのだから。そんな異常事態の連続が、俺のこれまでだ。誰かの人生を途中で引き継ぐ、一度きりではない奇妙な人生ーー。俺が誰で、どうしてこんな事態になっているのか。それを知るすべを知らぬまま、俺はここに存在している。

というのは、本当ではないかもしれない。俺はただ単に、ある日突然、記憶を失い、別の人間として生きていたことがあると錯覚しているだけ。ちょっとおかしくなってしまっただけーーだとしたら、どんなに気が楽か。

だが確かめる手段はない。俺は他人様に迷惑をかけながら、生きつづけていくしかないのだ。