現代恋愛青春小説「描かれた夏の風」

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「最近元気ないねえ。疲れているんじゃないの。少しは休んだら?」
「大丈夫だよ。それに大丈夫じゃなかったとしても、休んでる暇なんてないしね」
気がつけば文化祭は一週間後だ。
私と真由は二人並んで教室を目指す。
芸術科の生徒たちは、締め切りを前にして修羅場を迎えていた。
ここ数日寝ていないという生徒も珍しくない。
もっとも私は二週間近く絵ばかりの日々を送ってきたから、もう慣れてしまっていた。
「そうだねえ。締め切りは三日後だもんね。友絵が休んでくれたら、ライバルが一人減るのになあ……」
何気ない軽口に、どきりとした。
――ライバルが減るのに。
多分、それは真由の本音だ。
でも聞かなかったふりをして、私はいつも通りに応じる。
「ひどいな真由は。ひどいよーっ」
「あはは、ごめんごめん。でも私たちは三ヶ月前から制作に取りかかっているのに、友絵は二週間だもんね。本当に、今日までよくやったね」
誉められて、少し照れくさくなる。
人を素直に賞賛できるのが真由のいいところだ。
「で……犯人は見つかった?」
「犯人って」
「決まってるでしょ、友絵の作品に墨をかけた犯人よ。まだ見つかってないんでしょ。探さないの?」
気分のよくない話題に、私はため息をこらえる。
「知らないよ。犯人探しなんてしても意味ないと思う」
「寛大だね」
「代表選考会の文化祭には間に合わせられそうだから、実害はあんまりないよ。第一、犯人探しなんてしてる隙があったら作品を仕上げなきゃ」
「あはは。そうだねえ」
私は唇をギュッと結んだ。
これから三日間、最後の仕上げだ。
ここまできた以上、納得のいく作品を代表選考会に出したい。
最後は自分、そして容赦なく迫り来る時間との戦いだ。
「誰かさんも……他の人の絵に墨をかける時間があるなら、自分の作品を描けばいいのにね」しみじみとした真由の言葉に、心の底から同意する。
あれから、特に目立った嫌がらせはされていなかった。
描きかけの絵の管理も慎重に行っている。
諦めなかったから、ここまで来ることができた。
私は目の前の絵をじっと見据える。
その庭には、たくさんの樹木が生えていた。
空へ空へと手を伸ばす枝は、木の生命力そのものだ。
深緑の葉が画面一杯、溢れんばかりに広がる。
一つの生物のように脈打つ葉の重なりの上に、青の空色が映えていた。
そして……見下ろした木の葉の隙間。
日の照り返しと影のコントラストが激しい砂の上に、人が立っている。
その後ろ姿はどこか寂しげだ。
手を伸ばした先にある花は、目に焼き付く赤だった。
今、目の前にあるのは、確かにあの日の景色だ。
忘れようとしても忘れられない。
この風景は私の心に深く根を下ろしていた。
あの日、何気なく裏庭を見下ろしたことがきっかけで、私は今の私になったのだ。
大切な、始まりの景色。
心のアルバムに挟むには、その彩りは鮮やかすぎた。

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