現代恋愛青春小説「描かれた夏の風」

 ◆

「……よし」
締め切りに何とか間に合わせられそうだ。
塗り残しはないか最後の確認を済ませて、先生に提出する。
「終わったーっ」
「長かったねーっ」
私と真由は大きく息をつくと、抱き合って互いの健闘を称えた。
「代表、誰かな。やっぱり一人はアスカ先輩だよね。ね?」
「うん、真由は本当にアスカ先輩のファンだね」
「えへへ。アスカ先輩カッコいいもん」
真由が表情を緩ませて笑う。
言われなくても、アスカ先輩がカッコいいことは学校中の常識だ。
作品を仕上げた解放感で、私は大きく伸びをする。
あとは結果を待つだけだ。
「今日これからどうする? パーッと打ち上げでもする?」
「いいね。……あ、都築先輩だ。せんぱーいっ!」
渡り廊下の向こう側へと、真由は元気よく駆けていく。
智先輩は真由に気づき、のんびりとした笑顔を浮かべた。
二言三言会話を交わした後で、不意に真由が私の方を指差す。智先輩は私と目が合うやいなや、少し笑顔を曇らせた。
「友絵、こっちこっち」
「え? あ、うん……」
真由に手招きされて、私は戸惑いがちに歩を進める。
智先輩はどことなく困ったような顔をしていた。
真由は苦い雰囲気にも気づかず、明るく紹介をしてくれた。
「こちら、普通科三年の都築先輩。んで、この子が私の友達の芸術科一年、西口友絵です」
何と答えたらいいか迷ったから、智先輩に合わせることにする。
「西口さん。よろしくね」
「は、はい。どうも、よろしくお願いします」
初対面さながらの挨拶は、どこか滑稽だった。
どうやら予想以上に私は嫌われてしまっているらしい。ここまで知らないふりをされるとは思っていなかった。
――まずい。
下手したら、涙が出てしまいそうだ。
「友絵って、アスカ先輩と同じ中学なんだってね。どうして教えてくれなかったの?」
「あ……ごめん」
ぼんやりと会話を聞き流しながら、真由に目をやる。
真由は私にはないものをたくさん持った子だ。くるくると変わる表情は、見ているだけで楽しい気分になる。
(智先輩は、真由のことが好きなのかな)
活発に言葉を交わす二人を見ながら、私は考えた。
智先輩の笑顔は、初めて会ったときよりも優しく見える。それは隣にいる真由の力……なのだろうか。
(もしかして、二人は付き合ってるのかな)
だとしたら、私がここにいてはいけない気がする。
ひどく居心地が悪く思えた。
「真由、私、帰るね……」
「え? ちょ、待ってよ。友絵!」
私は二人に背を向けて走り出す。
疲れているからだろうか、頭の中が熱かった。
真由は智先輩の隣にいることを許されている。
羨ましくて、悔しかった。
(駄目だな。混乱してる……)
久しぶりに智先輩の笑顔を見られて嬉しい。でも、その笑顔は私ではなく真由に向けられていた。
心の奥が痛い。
痛くて痛くて仕方がない。
家に帰ると、自室のベッドに倒れこんだ。
目をつむれば、浮かんでくるのは智先輩と真由の姿だ。
心の中がぐちゃぐちゃ。
あの絵を描いて終わりにしようと思っていた。
すっぱりと終止符を打って。
諦めようと。
忘れようと。
そう思っていた。
(でも、やっぱり)
私は私が思っているよりも強く、智先輩のことが好きみたいだ。
行き場をなくした想いを抱えて、私はどこに行けばいいのだろう。

「三十七度八分。……どこ行くの?」
「学校」
「行けるわけないでしょ。休みなさい、バカ!」
翌日の朝、家を出ようとして母に叱られた。
私はどうやら風邪を引いてしまったらしい。
作品を完成させて、疲れがどっと出たみたいだ。
布団を首まで持ち上げると、眠気が一気に襲ってくる。
瞳を閉じれば、私の意識はまどろみの世界へと引き込まれていった。

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