現代恋愛青春小説「描かれた夏の風」

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『よしよし……親はいないの?』
優しい声が聞こえて、そちらの方を振り返ってみる。
一人の女の子が桜の下で仔猫に話しかけていた。
ツツジのような華やぎはないけれど、どことなく暖かい微笑み。
地元では可愛いと有名なブレザーだが、まだ着慣れていないようだ。肩の上を流れる髪に差し込む日差しが眩しい。
(誰……?)
どこかで見たことがある気がする。
友達、だろうか。
これと言って特筆するようなところのない女の子だ。
『ルカ!』
夢の中で、彼女の前に一人の男子生徒が現れた。
耳を澄ませば、彼らの会話が聞こえてくる。
『見つかってよかったー。ありがとう』
『い、いえ、私は何もしてないです』
柔らかい口調の男子生徒に、彼女は緊張しながら応えていた。
(ああ……私だ)
理解がじんわりと意識に浸透していく。
あの女の子は、数ヶ月前の私だ。
夢の中で、私は私を見下ろしている。
空に浮いているような、不思議な体験だった。
『ここ、フェンスに穴が空いているんだ。だから飛び出して引かれてたらと思うと、気が気じゃなかったよ』
男子生徒の言葉を聞いて、落ちていくような感覚に襲われる。
(今、何て……?)
深く考える間もなく、グルリと視界が反転した。
場所は変わらないけれど、場面が変わっていく。
よく晴れた日のお昼どき。
男子生徒――智先輩は、桜の木にもたれかかって寝ていた。
『……じゃあ、また明日も来ますね』
夢の中の私は、智先輩に声をかけて立ち上がる。そして少し離れたところにあるフェンスに目をとめた。
『あれ? 何だろう、これ』
大きな木の板が、フェンスに立てかけてある。
今の私には、それが何なのか理解できた。
チャイムが鳴って、夢の中の私は立ち上がる。
『やば、急がなきゃ……!』
焦った様子で教室棟の方へと走り始めた。――木の板を、倒したままで。
(ああ、そっか……)
木の板を倒さなければ、フェンスの穴からルカが抜け出すことはなかった。
ルカは死なずにすんだ。
今更になって気づくなんて、私はなんてバカなんだろう。
ルカが死んだのは私のせいなのだ。
智先輩にもルカにも、申し訳なくて仕方ない。
ぼんやりと思った。
後悔は、過ぎた後でするから後悔なのだと。
今更わかっても、どうしようもないけれど。

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