ホラー短編小説「鶴賀マーケス・ファンタジー ただの悪夢」

(C)ぱくたそ

放課後の校舎には、『出る』という噂があった。

辻村三月が振り返った先には――

ホラー短編小説。




本編

辻村は頬杖をついて、窓の外をぼんやりと見ていた。
夕焼けに赤く染められた、放課後の教室。
制服を着崩した派手な女の子たちが集まって、くだらない噂話で盛り上がっている。その中でも辻村の髪はとても長くて、だから椅子の背もたれに落ちたシルエットで、髪が伸びたみたいに見えた。
「夕方の校舎に、『出る』んだってさ」
女の子のうちの一人が思い出したように言う。
「一人で歩いているとね、後ろから足音がするの。でも、振り返っちゃ駄目。向こうの世界に連れて行かれてしまうから」
「向こうの世界って?」
「さあ、どこだろうね」
噂話とはえてして曖昧なものだ。輪郭がなくて、ぼんやりしている、今の教室に充満する紅い空気のような、そんなもの。
「でさー、振り返るとそこには、ナイフを持って、いじめられて自殺した子がいて……あ、えっと……それでさ、この話を聞くと、その日のうちに『来る』んだって」
がたん、と大きな音が響いた。周りの女の子たちの「しまった」という顔が、一斉に辻村の方へ向けられる。立ち上がった辻村の表情は分からないけれど、細い影は不安の色を深くにじませているようだった。
「私、ケータイを視聴覚室に忘れてきてしまったみたい。ちょっと取ってくるね」
返事も聞かず、辻村は歩き始める。一番後ろの席の横を通ったとき、手が軽くぶつかって、机に置かれた花瓶の中の水がうっすら波立った。
辻村が閉めた扉の音が、余韻となって静かな教室に残る。残された女の子たちは互いに顔を見合わせたようだった。
音一つしない廊下に、辻村の靴が立てる小さな足音だけが聞こえる。窓から斜めに差し込んだ陽光が、辻村の足元に痩せた影法師を作っていた。ひとりぼっちの影法師は、心細げに進んでいく。
かすかな音がした。赤いフィルターのかかった世界に、それはやけに大きく響く。
辻村は黙って歩みを速めた。膝の上で、スカートの黒いひだが揺れる。廊下にたったひとつの影も、同時に速くなった。
――ぴと。
水滴が落ちる音が、辻村の耳を打つ。辻村は立ち止まった。そして、ゆっくりと振り返る。
引き伸ばされた時間の中。眼球が動く音が聞こえたような気がした。
辻村は視線をこちらの方へ向けて、身体を硬直させる。その白い喉に、押し当てた冷たいナイフ。白銀の刀身には今の夕日よりもさらに紅い液体がまとわりつき、鮮やかなグラデーションを奏でる。
「振り返っちゃったね」
わたしは辻村に、にっこりと笑いかけた。

そこでいつも夢は終わる。

辻村が振り返って、終わり。

いつもそこで、ぷつりと電源が切れたように目の前が真っ暗になる。