現代青春小説「鶴賀マーケス・ファンタジー 見えてないもの」

(C)ぱくたそ

– 午後一時 – 第二ゲーム開始直後

多かれ少なかれ、人はみな他の誰かに憧れている。
背伸びしても背伸びしても追いつかない、追いつけない。だからこそ憧れるのだと、誰かが僕に教えてくれた。

「はい、タッチ」
いきなり背中をポンと叩かれて、僕はびくっとなりながら振り返った。
「油断したねー」
そこには理子サンがいて、何も考えていなさそうな顔で笑う。
悔しいと思うよりもむしろ、驚いた。足音はおろか、気配すらみじんも感じられなかったのだ。
「……いつ寄ってきたんですか?」
僕は愚問かもしれないと思いながら、理子さんにきいた。理子さんは見ていると気の抜けるような顔で、事もなげに言ってのける。
「えへへー。エレベーターから姿が見えたから、こっそり来たんだよ」
そういえばさっき吹き抜けのそばを通った。けれどせいぜい数秒のことだ。理子さんの鬼ごっこの才能には、正直なところ感心した。
俊足にして俊敏。影のように現れて、気配もなく消えていく。
理子さんをそう評した仲間がいたことを思い出す。
「目がいいんですね。視神経の先につながっているところは、悪そうなのに」
ウィットの利いたことを言おうとしたのだが、これじゃただの罵詈雑言だ。でも理子さんは意に介した様子もなく、ありがとうと言って笑った。視神経の先につながっているところが、本当に悪いのかもしれない。
「照れるなー。誉められると」
「あ、いえ」
幸せな人だと思った。少しうらやましい。こんな風になりたいとは、決して思わないが。
「じゃあ、鬼、よろしくっ! 頑張ってねー」
「え、ええ」
「また今度会ったら、一緒にお話しよーね。よかったら、今日の晩にでも」
笑顔で手を振って、理子さんは去っていった。よく笑い、よく話す理子さんは、この鬼ごっこのメンバーの中で一番幸せそうに見える。
実際、「幸せだなあ」が口癖なのだから、きっと本人が言うとおり幸せなんだろう。うらやましいことだ。
僕は腕時計に目を落とす。鬼になったら、最初の三分間は足を動かせない決まりになっていた。
これは鶴賀マーケスの人々に迷惑をかけないために、浩司先輩が作ったルール。
浩司先輩というのは僕の近所に住む高校生で、この鬼ごっこの主催者だ。そして、僕の憧れの人でもある。
小学校で少年野球に入っていた僕は、近所に住む浩司先輩によくキャッチボールをしてもらっていた。
理想の存在。なりたい自分。でも決してなれない自分。それが、僕にとっては浩司先輩なのだと思う。
僕はふと、数十メートル先に同級生の姿があることに気づいた。
蒼太。
他人に興味のない俺だがそれでも名前を覚えているのは、彼が僕と同じ少年野球チームに所属していからだ。
でも僕とは違って、蒼太はスポットライトが当たるタイプの人間。
大勢でプレイしていても目がひきつけられるような華があって。技術うんぬんを通り越して、誰からも頼られる。
そんな――浩司先輩と同じタイプの、人間。
僕は蒼太の姿を目で追い続けた。手芸屋に入っていった彼は、そこにいた少女に笑顔で話しかける。
少女の名は思い出せない。最初から知らないのか、単に覚えていないだけなのかは分からなかった。
「……蒼太君、今度の試合、私、応援に行くことになったよ。お母さんが連れて行ってくれるって」
「そっか、ありがとな。お前には絶対、いい試合見せてやるから」
蒼太の力強い言葉に、はっと胸をつかれる。どんな顔をしているのか、ここからは見えなかった。きっと笑っているのだろう。
僕は腕時計に目を落とす。いつの間にか三分過ぎていた。
彼ら二人が入っていった手芸屋の方を見、そして反対の方へきびすを返す。
――お前には絶対、いい試合見せてやるから。

あんな言葉。
僕だって、言ってみたい。