現代ファンタジー短編小説「自分勝手に生きること」

(C)ぱくたそ

「お父さん、お母さん」
初めてそう呼べたのは、ちょうど彼らが死ぬ三秒前だった。
「三」
彼らは、オレの父さんと母さんは、カウントダウンしながら泣きそうな顔で微笑んだ。優しい手が、わかってるね、と確認するようにオレの頭をなでる。大丈夫、とオレはうなずいた。
言いたいこと、いっぱいあるのに、何も言えない。
「二」
さっき撃たれた腹が痛い。妙に生々しい赤が、手や服を汚していた。血を流し過ぎたせいだろうか。視界がにじんで、ぼんやりする。薄れていく感覚を、鋭い痛みが繋ぎ止めていた。

オレは死にたくない。
たとえーー

オレは小さな頃から他の人にできないことができた。瞬間移動。超能力ってやつだ。
もともとそういう家系らしい。故郷の村ではみんな超能力を使いこなしていた。
けれど母親は厳しかった。オレが超能力を使う度に、鬼のように激怒する。あくまでも普通の子として育てたいらしい。
そんなわけで家の居心地が良くなかったから、オレは瞬間移動しては故郷に入り浸るようになった。

「超能力者の隠れ里」。そんな感じのところだ。誰も知らないような山奥で、住人は自給自足の生活をしている。とはいえ、全員が超能力者だから、普通とは一味も二味も違う『自給自足』だった。

「奏ー、響いるー?」

ある日、オレは幼なじみの住む丸太小屋を訪ねた。幼なじみの奏はオレより一歳上の女の子。この隠れ里のアイドルのような存在だ。
「いるよー。入ってきてー」
お邪魔しますと言いながら靴を脱ぎ、小屋に入る。奏は訳あって弟と二人暮らしだ。小学生の姉弟が二人で生活するなんて外の世界の常識からするとあり得ないが、この隠れ里ではもう当たり前のことだった。周りの大人たちが家事を手伝ったりご飯に招待したり何かと世話を焼いてくれるから、不自由はないらしい。オレたち子どもにとって、隠れ里の大人たちみんなが親のようなものだった。
「これ、頼む」
中にいた奏の弟、響に充電の切れた携帯電話を渡す。
「……」
響は何も言わずに受け取った。カバーを外し、電源を取り出す。ばちばち、と静電気を大きくしたような音がした。
「……できたよ」
「ありがとう! 助かるぜ」
響は照れたように、小さくうなずいた。表情豊かな姉の奏とは真逆で、弟の響はめったに感情を表に出さない。
携帯電話を開くと、充電が満タンになっていた。響の電気の能力のおかげだ。
これがこの隠れ里流の自給自足。超能力者たちがそれぞれの分野で能力を発揮して、里を作り、回している。
響は生活に不可欠な電気の供給元。奏は人の感情を操る才能があるらしいから、思うように制御できるようになればいくらでも稼げる。
オレも将来、能力を活かして仕事がしたいと思っていた。瞬間移動と透視。まだ弱いけれど、訓練したら伸ばしていけるらしい。
携帯電話の着信履歴には、同じ番号が並んでいた。オレは暗い気分になりながら、掛けなおす。
『陸也!? いまどこなの!!』
繋がった瞬間、母のヒステリックな叫び声が耳に突き刺さった。
「友達の家」
嘘は言ってない。だが里の外の町に住んでいるとはいえ、もともと里出身の母はモノの座標を知るという厄介な能力を持っていた。
『…………また里ね。いい加減にして! あんたまで……私はもう里には関わりたくないの! あんな化け物ばっかりの場所』
聞いていたくなくて、耳から携帯電話を遠ざける。
『帰ってきなさい……せっかく……あの女も……』
「ごめん!」
そう叫んで、オレは携帯電話の電源を落とした。帰ったら何時間またあのヒステリックな声を聞くはめになるだろう、と思うと今から憂鬱だ。
「大変だねえ」
奏が驚きの目を向けてくる。まる聞こえだったようだ。
「ごめんな。親、うるさくて」
「ううん。でも親がいるだけいいよ。だってりっくんのこと、心配してくれているんでしょ」
「どうかな。多分、金と世間体しか気にしてないよ、あの人。オレ、愛人の子ってヤツでさ。いろいろ疲れるんだ」
ため息混じりに愚痴を吐き出す。奏は少し考え、それからかわいらしい笑顔で言った。
「じゃあ捨てちゃえばいいじゃん」
ーーそうか、奏と響は捨てたのか。
重い現実をあっさりと受け止めて前を向く奏は、まぶしいくらいに格好よく見える。男前だ。男じゃないけど。
「お邪魔しますー」
幼なじみ、最後の一人が小屋に到着した。
都築 智。オレと同い年。結界能力者の家系で、代々、隠れ里の守り神の役割を果たしている。
虫一匹殺せないような優しい性格で、イタズラが過激になりがちなオレと奏のブレーキ役だ。
「何してるのー?」
「今から作戦会議だ」
今日はどんなイタズラをしようか。どこを探検しようか。何をして遊ぼう。
楽しい時間はいつもいつもあっという間に過ぎ去っていくものだ。その日も、気づいたら夕方になっていた。
「バイバイ」
と手を振って奏と響と別れる。オレは智と並んで、智の家への道を歩きだした。智は少し不思議そうな顔をする。
「陸也君は帰らないのー?」
「あんまり、帰りたくない」
だからといって、ここでずるずる時間を潰しても、帰ったときにあのヒステリックな声が待ってることにかわりはないのだが。
「そっか。陸也君も大変だねー。両親、里の外の人だっけ」
「ううん。母親だけは里の人。能力も持ってる」
だがなぜか里のことを毛嫌いしていた。年に一回くらいしか里に帰ってこない。あまり強い能力じゃないから、外に住んでもおとがめなしだ。
「智がうらやましいよ。優しい両親がいて、能力にも恵まれてて。結界を張る家の跡継ぎになるっていう将来も決まっていて」
「……うん。そうだね」
智が歯切れ悪く言ったとき、オレは何かの気配を感じて立ち止まった。
「音、しなかったか」
「音?」
「動物かなあ」
ちょっと待っててと言い置いて、オレは音の聞こえた方へ瞬間移動する。
木々の合間に、一人の子どもが倒れていた。苦しそうに身体をくの時に折り曲げている。
五、六歳のその女の子には見覚えがあった。智の妹、都築はるかだ。
「るか! 大丈夫か」
オレの声を聞いて、智が木々をかき分けて駆けてくる。
「だいじょうぶ……結界のれんしゅーしてたら、急に体がいたくなったの」
はるかは気丈にも微笑んだ。オレははるかを背負い、智の家へと向かう。残念ながらオレの能力で瞬間移動できるのは自分一人だけだ。
「何があった?」
智の父さんはオレたちの姿を見て驚いていたけれど、すぐにはるかを連れて家の奥へ行った。長老のところに連絡しているのだろう。長老の娘の夕菜さんは、隠れ里で一番の治癒能力者だ。
「陸也君、ちょっと来なさい」
智の母親は、固い口調で言った。
「いえ、オレは帰ります。るかが無事そうで良かったです」
「いいから来なさい」
「いえ、親に叱られるので」
「そんな怪我で帰るつもり?」
「え」
指差されて初めて気づいた。オレの足首のあたりの靴下が赤くなっている。白いのを履いてきたはずだったのに。
「草か枝で切れたかな……気づかなかった」
はるかを無事に連れてくることで頭がいっぱいだったのだろう。
気がついてしまったら、無視はできない痛みだった。
智の家で、智の母親の応急処置を受ける。
「これ、どうしたの?」
皮膚の下で出血して紫になった部分を見て、智の母親は表情を険しくした。癇癪持ちの母に叩かれてできたとはいえず、転んだと答える。智の母親は少し沈黙してから、思いもよらない提案をした。
「陸也君、しばらくここに住みなさい」
提案というか、命令だった。
オレの家へ智の母親が連絡をした。何をどう説得したのか知らないが、智の家に滞在する許可がすぐに出た。
出てきた雑穀のスープはとても美味しくて、だからここに長くいるのもいいかなと思った。
幼い頃からよく遊んでもらっていたけれど、智の両親と本格的に関わることになったのはそれからだった。
学校が終わると智と一緒の家へ帰る。宿題をとっとと済ませて遊びに出かけ、日の暮れた頃に帰る。その日にあった楽しいことを話しながら夕食を食べて、能力の訓練をして寝る。話しかけたら誰かが笑顔で答えてくれる。そんな当たり前のことが、しあわせだと思えた。
智の両親は長老に言われて、よく里の外へ仕事をしに出ているようだった。どんな仕事か詳しくは知らないが、結界は貴重な能力だから活躍の場は多いんだろう。
休みの日はたまに智の父親と二人で釣りに出かけた。智は虫が苦手だから釣りが好きじゃないらしい。智の父親はとても楽しそうに、いろんなことを教えてくれた。
智の母親は穏やかで、怒るということをめったにしないひとだった。母親という人種は癇癪を持っていていきなりキレるものだとばかり思っていたから、びっくりした。緊張感を持たずに接することができるのはありがたい。
これまで、オレはベッドで寝ることが何よりもの幸せだと思っていた。親が怒鳴っていても、布団を被って寝たふりをすればやり過ごせるから。けれど、智の家へ来てからは寝るのが惜しくなった。
明日がすぐに来ることはわかっているのに、それでも今日が終わるのが惜しい。心の底からそう思えたんだ。