サスペンスホラー小説「血塗られた館」

(C)ぱくたそ




プロローグ

「七崎 香奈さん、ずっと見てました。僕とつきあってください!」
――ああ、なんてありきたりな告白なんだろう。
七崎 香奈の持った感想は、簡単にまとめるとそれだけだった。
頬を沸騰しそうなくらいに紅潮させて一生一代の勇気を振り絞る男子生徒を前にして、香奈の思考は醒めていた。
これ以上ないくらいにハッキリと言ってやる。
もう飽きた。
相手は違えど、どうしてこうもみんな同じ台詞なのだろうと、香奈は心底げんなりする。
今日の朝、げた箱に無記名の封筒が入っていた。指示どおりに校舎裏へと会いにいけば、いつものように月並みな展開が待っているのだ。
ラブレターだと思って開封したら果たし状だった。たまにはそんなサプライズがあってもいいんじゃないか。そんな取り留めのない思考を展開しつつも、表情は変えない。香奈は困惑したかのように瞳をうるわせ、長い睫をそっとふせた。
「えっと……」
言い澱んで、恥ずかしそうに口をつぐむ。自分で自分が恐ろしくなってしまうくらいに完璧な演技だ。しばし訪れた沈黙の間に、どうあしらったものかをクールに考える。
「あ……その、ごめん。いきなり変だよな」
黙りこんでしまった香奈を見た男子生徒は、焦った様子で頭をかいた。
そんなに外見は悪くないな、と醒めた頭で思う。名を覚えてはいないが、真面目で誠実そうな男子生徒だ。
しかし理想が高い香奈には初めからOKする気などさらさらない。
「でもその……考えておいてほしいな、って」
顔をあげれば男子生徒は照れて背を向け、香奈から逃げるかのように走りだした。
「じゃ、それだけだから!」
爽やかな去り際に感心するのと同時に、香奈はため息混じりの悪態をつく。
「余計なお荷物置いていくなよ、畜生」
男子生徒が姿を消したのを確認して、背後の誰かさんに聞こえるように言った。
「ちょ、ちょっといいかしら、七崎 香奈さん……?」
怒りに震える声が背中に投げつけられた。香奈はうんざりしながらも校舎脇の茂みを振り返る。最初から、見られていることには薄々気づいていた。
「何か用? 覗き見なんて悪趣味ね」
無視するのも大人気ないと思い、一応尋ねてあげた。
声をかけてきたのは別のクラスの女子だ。顔くらいは見たことがあるが、名前は知らない。覚える気すらなかった。
汚い茶色に染められた髪に、大根のような足。トラックに押しつぶされたみたいな顔が、怒りによってさらに不細工さを増している。嫉妬のオーラを身にまとった姿は、はっきり言って豚以下だ、見苦しい。
「何か用って。そんな言い方はないんじゃない?」
香奈の素っ気ない素振りに、いきなり低い声でつっかかってきた。さしずめ彼女は先程の男子生徒に惚れていたのだろう。
豚女の背後には仲間が四人控えている。合わせて五人からのとげとげしい視線を、香奈は真正面から受け止めた。
化粧を塗りたくった顔には、品の「ひ」の字もない。豚女と形容しては豚に失礼だろうかとさえ思った。
「あら、ごめん遊ばせ。気に障ることがございまして?」
無表情で答える。幼稚園の学芸会でもめったに見ないほどの棒読みだ。丁寧な口調がぞんざいな態度とあいまって、軽蔑の感情をこれ以上ないほどにありありと表現してくれた。
「ちょっとあんた喧嘩売ってるの!」
案の定、相手はすぐに憤慨する。ガキみたいだと、香奈は見下したように笑った。
相手は香奈の大嫌いなタイプだった。良く言えば女の子らしい。悪く言えば、粘着力が強い。悪口を言うことと群れることしか脳がない、ふざけた連中だ。
香奈はそう思っている。そして香奈だけが思っているわけではないと知っていた。
彼女らは恐らく、「調子にのるなよ」とでも言って香奈を怯えさせたかったのだろう。
しかし香奈は多人数に囲まれたぐらいで怯むような女じゃなかった。
「売ってほしいなら喧嘩の一つや二つ売ってあげてもいいわよ。高くつくけどね?」
堂々と言えば、相手も負けじと怒鳴ってくる。
「本性を現したわね、このぶりっ子! 二重人格!」
自分がそう影で言われていることくらいは知っていた。香奈は男子の前と女子の前では態度を変えているのだ。
――だから何だ、と思った。
「二重人格? 本性むき出しで歩いてるあんたら豚女よりはマシじゃない?」
隙なく言い放てば、豚女たちは怒りに顔を赤くする。
今にも脳天から湯気がでそうな程の剣幕だった。
「あんた! 黙って聞いてりゃ言いたい放題!」
「ちょっと可愛い顔してるからって調子にのらないでよ」
「この性悪女! みんながあんたのこと何て噂してるか知ってる?」
――黙って聞いてないだろ。ちょっとじゃなくてかなり可愛いと訂正しろ。噂は知ってる。ええ私はおっしゃる通りぶりっ子で調子にのった二重人格の性悪女ですが何か?
香奈は心の中で毒舌を垂れ流す。口と脳が直通していない自分を誉めてやりたいと思った。
ウンザリだ、手早く追い払ってしまおう。そう決めると、香奈は両手に顔をうずめた。
「……うっく」
か弱い女の子オーラを放ちながら、静かに嗚咽をもらす。
「ひどい……私が何をしたの……っく……」
肩を震わせて気弱そうに泣いた。もちろん演技だ。
「ちょっと……」
愉快なことに、相手は焦ってオロオロし始める。その時点で香奈の勝ちだった。
「何やってるの、あなたたち!」
不意打ちで聞こえた凛とした声に、香奈はとっさに顔をあげる。泣いていないことがバレる、と一瞬だけ焦るが、豚女たちも声の主に視線を集中させていたから心配なかった。
「生徒会長!」
「亜希子先輩?」
豚女集団と香奈が声をあげるタイミングが全く同じだった。
彼の人は、いつもの堂々とした態度で歩みよってくる。肩の上で踊る黒髪からは、数メートル離れていても芳香が漂っていた。
仁科 亜希子。
香奈が所属するテニス部のエースにして、この学校をまとめる生徒会長だ。
状況を客観的に見れば不利だと悟り、豚女たちは逃げるようにその場を去った。もちろん香奈へと捨て台詞を浴びせかけるのも忘れずに。
「――あら、七崎さんじゃない。大丈夫だった?」
心配そうな表情を浮かべた亜希子先輩へと、香奈はしなをつくって応える。
「大丈夫です。嘘泣きだし」
「見ればわかるわ。助ける必要なんてなかったかしらね?」
「いえ、一秒でも早く解放されたかったから助かりました。ありがとうございました」
ふう、と静かに溜め息を吐いてから、亜希子は言った。
「七崎さん、少しくらい自分が他人からどう見えるのかには気を使うものよ? 例え嫌いな女子が相手でもね」
どうやら自分の悪名は先輩にも届いているらしい。
香奈は少し考えてから幼く見えるように笑った。
「無理ですよう。先輩みたいに八方美人やってたら疲れちゃいます。だいたいあっちから絡んでくるんだし。私はただ思ったまま言っているだけなのに悪い噂を立てられて、これでも迷惑してるんです」
「そう……」
これ以上は個人の問題だと悟ったらしく、亜希子は素早く話題を変えた。
「それより良かった。今、丁度七崎さんを探していたのよ」
頭の回転が速くて他人との距離の取り方がよくわかっている人だな、と香奈は思わず感嘆する。
人望があるだけでなく頭がいい。だから香奈は、先輩で唯一亜希子にだけは媚びを売っているのだ。
もちろん、公式戦に出るスタメンを決定する会議において亜希子が大きな発言権を持っているから、というのもあるのだが。
「はい? これ、何ですか?」
亜希子から手渡された書類に、香奈は軽く視線を落とす。
――テニス同好会夏期合宿。
「あたしと男子テニス部の瀬名部長で相談してね、新人戦に向けて秘密の特訓でもしようじゃないか、って話になったのよ」
亜希子が華やかに微笑めば、香奈は耳にした言葉に瞳を輝かせた。
「秘密特訓? 楽しそうです! でもこれ、テニス部じゃなくて同好会って……」
「名義だけはね。部の名義なら部員全員強制参加になるわ。あいにくだけど男女テニス部全員が泊まれるような合宿場所が見つからないの。
だから同好会名義にして、そこそこの実力とやる気がある人材を集めているのよ」
そう言われて、香奈は飛び上がらんばかりに喜んだ。
テニスだけは真面目にやっているのだ。
先輩から実力を認めてもらえたことが嬉しくて、思わず破顔する。
「よかったら香奈ちゃんも参加しない?」
「喜んで!」
亜希子の申し出に香奈は勢いこんで承諾した。
一年生数人の名前を告げられ、誘っておいてねと言われる。
男女合わせて四十以上いるテニス部員の中から数人のメンバーに選ばれたことが、ただ嬉しかった。
心を浮き上がらせた香奈は、亜希子の次の言葉に深く考えることもしない。
「ただね。確保できた合宿所、山の中で……毎年のように失踪者が出るらしいのよ……」
些細なことだと気にも止めなかった、思い返してみればそれが全ての始まりだったのだ。